共感の発達と「ごめんね」 — 何歳で、何が見えているのか

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対象
2〜3歳の子の保護者
文字数目安
2,200字
ステータス
ドラフト v1(査読付き論文を中心に出典付与)

リード

子ども同士のいさかいが起きたあと、親はだいたい同じ言葉を口にする。「ごめんねは?」

それで子どもがしぶしぶ「ごめんね」を言うと、その場は収まる。しかし、相手の子に何が起きたか、なぜ自分の行為がよくなかったか、本人の中ではどこまで見えているのだろうか。「ごめんね」を言わせれば共感が育つのか、それとも逆に、儀礼の言葉として上滑りしていくのか。

この記事では、共感がどのように発達するのかを実証研究で整理し、「ごめんね」をどう位置づけるかを考えてみたい。結論を先に言えば、共感は 2 歳代に大きく動く、しかし「ごめんね」を理解するのはもう少し先のことが多い、というのが現在のおおまかな知見である。

共感はいつから、どんな順序で立ち上がるのか

共感の発達理論として広く参照されてきたのが、Martin Hoffman のモデルである [1]。Hoffman は共感を 4 段階に整理した。生後 1 年は 「全体的共感」(global empathy) で、他者の苦痛と自分の苦痛を分けられず、他の赤ちゃんが泣くと自分も泣く現象がこれにあたる [1]。2 年目に入ると 「自己中心的共感」(egocentric empathy) に移り、他者が苦しんでいることに気づいて反応するが、その対処は自分が落ち着くやり方(自分のぬいぐるみを差し出す等)にとどまる [1]。3 年目以降に 「他者の感情への共感」 が立ち上がり、相手の視点での慰めができるようになる [1]。

このモデルを実証的に裏付けたのが、Zahn-Waxler らの一連の縦断研究である [2]。1 歳児を観察すると、他者の苦痛への反応は 13〜24 ヶ月の間に大きく増加する。自分が他者の苦痛の原因になったときの修復行動(reparation)も同じ期間に増え、2 歳までにほぼすべての子どもが何らかの援助行動を見せるようになる [2]。さらに同研究は、これらの変化が自己認識(鏡の中の自分を理解する能力)の発達と並行して起きることを示した [2]。「他者を慰める」には「自分と他者を分ける」が先に要る、という構造である。

行動レベルでは、Warneken と Tomasello が 2006 年に Science 誌で報告した一連の課題が有名だ [3]。18 ヶ月児は、大人が物を落として困っているのを見ると、報酬や指示なしに、自発的にそれを拾って渡す。意図的に落とした場合は手伝わない。これは「困っている人を助ける」という向社会行動が、ごく早い時期から、外的動機なしに発現することを示した [3]。共感的反応と援助行動は、教えられるよりも先に立ち上がっている、というのが現在の到達点に近い。

「相手の心」が見えるのは、もう少し先

ここで丁寧に分けたいのは、他者の苦痛に反応することと、他者が自分とは違うことを考えていると理解することは別の能力だ、という点である。後者は「」(Theory of Mind)と呼ばれ、典型的には(false belief task)で測られる。

Wellman, Cross, Watson の 178 研究を統合したメタ分析(Child Development, 2001)は、誤信念課題の通過率が 3 歳代では偶然以下、4〜5 歳で偶然を上回り、文化や課題形式を超えて一貫した発達パターンを示すと報告した [4]。つまり「相手が間違って考えていることを理解する」のは 4 歳前後にしっかり立ち上がる能力で、2〜3 歳ではまだ揺らいでいる。

これが何を意味するか。2〜3 歳の子は、相手が痛そう・悲しそうなことには気づける。だが、自分の行為が相手にどう見えていたか、相手の意図がどうだったかを、大人と同じレベルで推論することはまだ難しい、ということだ [1,2,4]。「叩いた相手はどう思った?」と聞いても、答えが返ってくるとは限らない。これは反省していないのではなく、まだその回路が整っていない。

「ごめんね」は何を意味しているか

Smith らの研究では、「ごめんね」という言葉の対人的機能を 4〜7 歳児が理解し、被害者の感情を和らげる手段として位置づけられるのは 4 歳以降が多いと報告されている [5]。それ以前の年齢では、「ごめんね」は意味のある修復ではなく、状況を終わらせる定型句として使われている可能性が高い。

一方で、向社会的な「修復行動」自体は、2 歳前から観察できる。Vaish らが 2 歳児を対象に行った実験では、自分の行為が他者を傷つけたとき、子どもは罪悪感に類するシグナル(うつむき、控えめな振る舞い)を見せ、それに続いて援助行動を起こす [6]。つまり、言葉での「ごめんね」より前に、行動での修復のほうが先に立ち上がる。これは Hoffman モデルや Zahn-Waxler 研究とも整合する [1,2]。

ここから言えるのは、「ごめんね」を強要して言わせることに、共感を育てる効果があるとは言いにくい、ということだ。Eisenberg らは、の発達には親の(感情を言葉にして共有する関わり)が一定の関連を持つことをレビューしている [7]。言葉を要求するより、何が起きたかを言葉にしてあげるほうが、向社会的な発達の足場としては理にかなっている

行動レベルでできること

研究知見を踏まえると、2〜3 歳のいさかい場面でできることは、次のような選択肢になる。

これらは「ごめんね」を否定するためのものではない。社会的な定型句としての「ごめんね」が後から馴染んでくる土壌を、いま少し豊かにしておく、という運用だ。

記録としての視点

「叩いた」「泣かせた」だけが残ると、子どもの一日が攻撃的な印象だけで上書きされる。Memori のような行動記録アプリで、いさかいの場面と一緒に、その後の修復のそぶりや慰めの場面も併記しておくと、共感の芽のほうが見えやすくなる。発達は連続的なので、点で見るより線で見るほうが、本当の像に近い。

まとめ

共感の発達は 2 歳前後で大きく動き、3 歳までにほぼすべての子が何らかの援助行動を見せるようになる [2]。一方、相手の視点から自分の行為を解釈する力(心の理論)が安定するのは 4 歳前後で [4]、「ごめんね」の社会的機能を理解するのも同じ頃が多い [5]。

2〜3 歳の「ごめんね」は、儀礼として教えてもよい。ただ、それを共感の指標にはしないほうがいい。共感はその少し前に、別の場所で、もう動き出している。


References

  1. Hoffman ML. Empathy and Moral Development: Implications for Caring and Justice. Cambridge University Press; 2000. doi:10.1017/CBO9780511805851.
  2. Zahn-Waxler C, Radke-Yarrow M, Wagner E, Chapman M. Development of concern for others. Dev Psychol. 1992;28(1):126–136. doi:10.1037/0012-1649.28.1.126.
  3. Warneken F, Tomasello M. Altruistic helping in human infants and young chimpanzees. Science. 2006;311(5765):1301–1303. doi:10.1126/science.1121448. PMID: 16513986.
  4. Wellman HM, Cross D, Watson J. Meta-analysis of theory-of-mind development: the truth about false belief. Child Dev. 2001;72(3):655–684. doi:10.1111/1467-8624.00304. PMID: 11405571.
  5. Smith CE, Chen D, Harris PL. When the happy victimizer says sorry: children's understanding of apology and emotion. Br J Dev Psychol. 2010;28(Pt 4):727–746. doi:10.1348/026151009X475343.
  6. Vaish A, Carpenter M, Tomasello M. Young children's responses to guilt displays. Dev Psychol. 2011;47(5):1248–1262. doi:10.1037/a0024462.
  7. Eisenberg N, Spinrad TL, Sadovsky A. Empathy-related responding in children. In: Killen M, Smetana JG, editors. Handbook of Moral Development. Mahwah, NJ: Erlbaum; 2006. p. 517–549.