「なんで?」期の正解は、答えないこと

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対象
2〜5歳の子の保護者
文字数目安
2,300字
ステータス
ドラフト v1(査読論文中心)

リード

「なんで雨が降るの」「なんで犬は喋らないの」「なんでパパはお仕事に行くの」「なんで」「なんで」。

正解を答えようと一度頑張ってみる。気象を説明する。哺乳類の発声器官について話す。家計の話題に踏み込みかける。そして 3 つ目くらいで気付く。子どもは答えを求めていない。少なくとも、答えを「もらって終わり」にする気はない。

「なんで?」期はしばしば、親の知識量と忍耐力の試験のように扱われる。だが、発達研究の知見はむしろ逆を示している。答えを正確に与えると、子どもの探索が止まる。試されているのは知識ではなく、答えないでいられる技術のほうかもしれない。

「なぜ」質問は情報探索の主要モードである

子どもの質問が言語発達の副産物ではなく、認知発達の駆動装置だと最初に体系的に示したのは、Michelle Chouinard の縦断研究である。Chouinard は CHILDES の自然発話データを用い、1.2 歳から 5 歳までの子ども 4 名と、保育園での横断観察 6 名の質問を分析した [1]。

結果として、子どもは 1 時間あたり平均 76〜95 の情報探索質問を発し、そのうち約 4 分の 1 が説明(explanation)を求める「なぜ」「どうやって」型の質問だった [1]。Chouinard は、質問が単なるおしゃべりではなく、自分の知識のギャップを検出した瞬間に、必要な情報を選択的に取り込むメカニズムとして機能していると論じた [1]。

つまり子どもにとって「なんで?」は、世界の構造を試している実験的発話である。返答の内容そのものより、返答の質と、自分の追加質問が通じるかどうかが、彼らの調査の対象だ。

説明をもらえなかったとき、子どもは食い下がる

Chouinard の議論を実験的に検証したのが、Frazier・Gelman・Wellman ら(2009)の研究である [2]。

研究 1 では、CHILDES データから 2〜4 歳児 6 名の因果質問の後の会話を抽出した。研究 2 では 3〜5 歳児 42 名を対象に、子どもの質問に対して大人が説明的な回答をする条件と、説明的でない(はぐらかし、無関係な情報、繰り返しなど)回答をする条件を比較した [2]。

結果は明快だった。説明をもらった子どもは、より高い確率で頷き、関連した追加質問を続けた。一方、説明にならない回答を受けた子どもは、もとの質問を再度同じ言葉で繰り返したり、自分なりの説明を提案したりする傾向が有意に高かった [2]。

子どもは、答えを「与えられる」のを待つ受動的な存在ではなく、説明として満足できるかを自分で評価し、足りなければ食い下がる主体的な情報探索者として振る舞う。これが Frazier らの結論である [2]。

Callanan & Oakes(1992)の古典研究は、家庭内でこれがどう機能しているかを示した。3〜5 歳児の母親に 2 週間の質問日誌をつけてもらった分析で、子どもの「なぜ・どうやって」質問に対して、母親が因果的説明を返す割合は 3 歳児では 32%、5 歳児では半分以上に上がっていた [3]。子どもの年齢に応じて、保護者の側も応答の質を上げていく相互調整が観察される。

「分からない」は、しばしば正解である

ここまでで保護者にとって朗報なのは、因果的説明が手元にないとき、無理に作る必要はないという事実だ。

第一に、子どもは説明の質をかなり敏感に区別する。Frazier らは、不完全だが筋の通った説明と、答えになっていない応答とでは、子どもの後続反応が違うことを示した [2]。曖昧に分かったふりをした応答は、結果として「あの質問は探索する価値がない」というシグナルになり得る。

第二に、子ども自身が説明を生成する機会こそが、認知発達の駆動装置になる。Chouinard と Frazier の枠組みでは、子どもが自分で仮説を立て、検証し、修正するプロセスが学習の中心であり、保護者の役割は答えを供給することよりも、その探索の場を維持することにある [1,2]。「分からない、一緒に考えよう」「あなたはどう思う?」と返すのは、知識的怠惰ではなく、探索を保護する応答である。

第三に、子どもの素朴な物理直観そのものが面白い。Hood(1995)の有名な「チューブ課題」では、3 つの煙突から不透明なチューブで斜めにつながれた箱にボールを落とすと、2〜4 歳児はチューブの傾きを無視してボールが落ちた煙突の真下の箱を探し続ける、いわゆる重力バイアスを示す [4]。何度試行しても、視覚的に管が見えていても、この「物は真下に落ちる」直観は容易に上書きされない [4]。「なんで?」と聞いている子の頭の中には、こうした素朴理論が並んでいて、それが大人の説明と擦り合わせられる現場を、私たちは目の前で見ているのである。

行動レベルでの選択肢

「なんで?」攻めにあったときに、いくつか選べる応答がある。命令ではなく、引き出しを増やす意味で書いておく。

ひとつめは、質問を返す。「なんで雨が降るのかな。あなたはどうしてだと思う?」。これは Frazier の枠組みでいうところの、子どもに自分なりの説明を生成させる余白を作る応答だ [2]。3 歳児であっても、しばしば驚くほど精巧な仮説を持っている。

ふたつめは、「分からない」と認める。そのうえで「一緒に調べてみる?」と提案する。これは知識的に誠実な応答であり、同時に「分からない」と言ってよいという態度のモデリングでもある。

みっつめは、質問を保存する。すべての「なんで?」にその場で対応する必要はない。「いい質問だね、夜ご飯の時にもう一度話そう」と先送りしてもいい。子どもがその場で同じ熱量を維持するとは限らないが、それも含めて自然な過程である。

そして、できれば質問を記録する。3 歳児の「なんで雲は逃げるの」は、ノートに残せば後で笑える文学になる。Memori のような記録の場所に、子どもの語りそのものを残しておくのは、写真とは別の階層の記憶になる。質問の中身は、その時期の子の認知地図そのものだ。

まとめ

「なんで?」期は、知識量で対応する局面ではなく、応答の質で関わる局面である。子どもは答えを求めているのではなく、説明を共に生成する相手を求めている可能性が高い [1,2]。

分からないと答えること、質問を返すこと、保存することは、すべて誠実な対応の選択肢である。説明を作って与えるより、子どもが自分で説明を作る場を保つほうが、たぶん長く効く。

「なんで?」と聞かれた夜、慌てて検索する前に、もう一度同じ質問をその子に返してみる。多くの場合、思っているより面白い答えが返ってくる。


References

  1. Chouinard MM. Children's questions: a mechanism for cognitive development. Monogr Soc Res Child Dev. 2007;72(1):vii–ix, 1–112; discussion 113–126. doi:10.1111/j.1540-5834.2007.00412.x.
  2. Frazier BN, Gelman SA, Wellman HM. Preschoolers' search for explanatory information within adult-child conversation. Child Dev. 2009;80(6):1592–1611. doi:10.1111/j.1467-8624.2009.01356.x. PMID: 19930340.
  3. Callanan MA, Oakes LM. Preschoolers' questions and parents' explanations: Causal thinking in everyday activity. Cogn Dev. 1992;7(2):213–233. doi:10.1016/0885-2014(92)90012-G.
  4. Hood BM. Gravity rules for 2- to 4-year-olds? Cogn Dev. 1995;10(4):577–598. doi:10.1016/0885-2014(95)90027-6.
  5. Frazier BN, Gelman SA, Wellman HM. Young children prefer and remember satisfying explanations. J Cogn Dev. 2016;17(5):718–736. doi:10.1080/15248372.2015.1098649. PMID: 28713222.
  6. Mills CM. Knowing when to doubt: developing a critical stance when learning from others. Dev Psychol. 2013;49(3):404–418. doi:10.1037/a0029500. PMID: 22889395.