嘘の発達と心の理論 — 叱る前に観察する

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対象
3〜4歳の子の保護者
文字数目安
2,300字
ステータス
ドラフト v1

リード

3歳の子がはじめて、明らかな嘘をついた。台所のクッキーが減っていて、口のまわりにくずがついているのに、「食べてない」と言う。一瞬、笑ってしまう。次の瞬間、少し心配になる。「うちの子、嘘をつくようになってしまった」と。

この場面の捉え方を、少しだけ動かしてみたい。嘘は、しつけの失敗のサインではなく、認知発達のマイルストーンとして観察されてきた行動だ。心理学の側から見れば、目の前で起きているのは「悪さ」よりも「他人の心を推測する力の獲得」のほうに近い。

この記事では、子どもの嘘がいつ・なぜ生まれ、年齢とともにどう質が変わっていくのかを、査読研究を辿りながら整理する。叱るか・叱らないかという二択の前に、まず「何が起きているか」を見るための言葉を渡したい。

嘘は、いつから出るのか

子どもの嘘を観察する標準的な実験パラダイムに「temptation resistance(誘惑抵抗)」課題、通称 peeping task がある。実験者が子どもに音の鳴るおもちゃを背中側に置き、「振り返って見てはいけない」と告げて部屋を出る。戻ってきて、「のぞいた?」と尋ねる。

Lewis らは 1989 年、3歳児を対象にこの課題を行い、誘惑に負けて振り返った子どものほとんどが、のぞいたかどうかを尋ねられた際に否認するか、答えを拒んだことを報告した [1]。3歳という、ようやく言葉でやりとりが安定してくる時期に、すでに「事実とは異なる発話」が選ばれる。

その後、Evans と Lee は 2〜3歳を対象に同じ枠組みで研究を行い、2歳児では誘惑に負けた子の多くが正直に告白する一方、3歳に近づくにつれて否認する子の割合が増えることを示している [2]。彼らはこの変化を「道徳的退行」ではなく、嘘をつくために必要な実行機能の発達によるものだと解釈している [2]。

つまり嘘は、ある日突然「悪い習慣」として現れるのではなく、3歳前後に多くの子が通る、認知能力の発達と同じカーブの上に乗った行動として観察されている。

嘘と「心の理論」は手をつないで進む

なぜ実行機能と嘘が結びつくのか。ここで補助線として呼びたいのが、心の理論(theory of mind)と呼ばれる概念だ。

Wimmer と Perner は 1983 年、いまや古典となった誤信念課題(Maxi 課題)を発表した [3]。Maxi はチョコを緑の戸棚に入れて外に遊びに行く。その間に母親がチョコを青の戸棚へ移す。戻ってきた Maxi は、どちらの戸棚を探すか? 多くの子は4〜5歳になるまで、自分が知っている「青」と答えてしまう [3]。他者は自分とは違う情報を持ち、違う信念を持ち得る、という理解は、それくらいの時期にゆっくり安定する。

Talwar と Lee は、この心の理論と嘘の発達を結びつけた一連の研究を行ってきた。3〜8歳を対象とした 2008 年の研究では、最初に「のぞいてない」と否認できるかどうかは一次の誤信念理解と抑制制御に関連し、その嘘を矛盾なく維持できるかどうかは二次の誤信念理解(「相手が、自分が何を知っていると思っているか」までを推測する力)に関連していた [4]。

つまり嘘は、「相手の頭の中には、自分が知っていることと違う世界が広がっている」という前提を必要とする。3歳児の否認はしばしば矛盾を含み、すぐにばれる。たとえば「のぞいてない」と言いながら、続けて「あれはくまさんだった」と中身を答えてしまう。Polak と Harris の研究でも、3〜5歳児の多くが否認をしたあとで一貫性のない発話を残すことが報告されている [5]。嘘のクオリティは、心の理論の精度に追従して上がる。

3歳、5歳、8歳の嘘は、別のものだ

同じ「のぞいた/のぞいてない」というやりとりでも、年齢によって質はかなり違う。

Talwar と Lee の一連の研究をまとめると、おおむね次のような像が描ける [4,6]。

さらに、嘘の動機にも層が出てくる。Talwar、Murphy、Lee の研究では、欲しくないプレゼントをもらった場面で、3〜11歳の多くの子がそれを隠す「white lie(社交的な嘘)」を選び、年齢が上がるにつれその割合は高まる [6]。親からの促しなしでも 68%、親が促した条件では 86% の子が white lie をついた [6]。他人を傷つけないために事実をぼかすという社会的スキルが、嘘という同じカテゴリの中に静かに育っていく。

「嘘=悪」という単一カテゴリで処理してしまうと、自己防衛の嘘・遊びの嘘・他人を気づかう嘘がすべて同じ叱責の対象になる。これは情報の解像度として、もったいない。

行動レベル — 叱る前に1つだけ挟む

嘘を歓迎する必要はない。ただ、叱る前に1つだけ挟めることがある。「いま、この子は何を推測しようとして、この嘘を選んだのか」を1秒だけ考える。

たとえば、

これらはどれも、否定すべき能力ではない。問題は嘘そのものより、嘘で何を守ろうとしたかにある。「嘘をついた事実」ではなく「嘘をつくに至った文脈」を尋ねる質問は、叱責よりも多くの情報を返してくれる。

そして実証研究の一貫した示唆として、罰の脅しは正直な発話を増やさない、というものがある。Talwar らの研究では、罰の警告よりも「正直に言ってくれたら嬉しい」というシンプルな依頼のほうが、子どもの真実告白の確率を高めた [7]。これは「叱らないほうがいい」という命令ではなく、罰の予告は嘘を上手にする圧力としても働くという、もうひとつの観察である。

Memori のような記録アプリで「はじめての嘘」を日付つきで残しておくと、後から見返したときに、それが叱責の記念ではなく、認知発達の通過点だったとわかる。3歳の矛盾した嘘と、5歳の整合した嘘は、別の現象だ。記録は、その違いを未来の自分に伝えてくれる。

まとめ

子どもの嘘は、しつけの失敗ではなく、心の理論と実行機能の発達と同じ時期に立ち上がる行動だ [1,2,3,4]。3歳の嘘はすぐ矛盾し、5歳の嘘は整い、就学前後には他人を気づかう white lie まで含むようになる [4,6]。

叱る前に1秒、「いま何を推測した嘘だったか」を見る。それだけで、嘘は問題行動から発達の手がかりに変わる。子どもがはじめてついた嘘の日付は、たぶん覚えておく価値がある。


References

  1. Lewis M, Stanger C, Sullivan MW. Deception in 3-year-olds. Dev Psychol. 1989;25(3):439–443. doi:10.1037/0012-1649.25.3.439.
  2. Evans AD, Lee K. Emergence of lying in very young children. Dev Psychol. 2013;49(10):1958–1963. doi:10.1037/a0031409. PMID: 23294150.
  3. Wimmer H, Perner J. Beliefs about beliefs: representation and constraining function of wrong beliefs in young children's understanding of deception. Cognition. 1983;13(1):103–128. doi:10.1016/0010-0277(83)90004-5. PMID: 6681741.
  4. Talwar V, Lee K. Social and cognitive correlates of children's lying behavior. Child Dev. 2008;79(4):866–881. doi:10.1111/j.1467-8624.2008.01164.x. PMID: 18717895.
  5. Polak A, Harris PL. Deception by young children following noncompliance. Dev Psychol. 1999;35(2):561–568. doi:10.1037/0012-1649.35.2.561. PMID: 10082026.
  6. Talwar V, Murphy SM, Lee K. White lie-telling in children for politeness purposes. Int J Behav Dev. 2007;31(1):1–11. doi:10.1177/0165025406073530. PMID: 18997880.
  7. Talwar V, Arruda C, Yachison S. The effects of punishment and appeals for honesty on children's truth-telling behavior. J Exp Child Psychol. 2015;130:209–217. doi:10.1016/j.jecp.2014.09.011.