リード
10 年ほど前まで、アレルギーを起こしやすい食品は「できるだけ遅く始める」のが常識だった。卵は 1 歳から、ピーナッツは 3 歳から、というアドバイスを聞いたことがある人もいるはずだ。
ところが 2015 年以降、その常識は静かに、しかし大規模に書き換えられている。きっかけは、ハイリスク乳児を対象にした LEAP 試験というランダム化比較試験で、ピーナッツの早期導入がピーナッツアレルギー発症を 80% 以上減らすことが示された [1]。続いて日本でも、湿疹のある乳児に加熱卵を計画的に早期導入する PETIT 試験が、卵アレルギー発症率を約 4 分の 1 に下げる結果を報告した [2]。
「遅らせれば安全」という直感的なロジックが、ここで反転する。この記事では、その反転が起きた経緯と、家庭でどう受け止めればいいかを整理する。
LEAP 試験 — 何が変わったか
LEAP(Learning Early About Peanut Allergy)試験は、Du Toit らが英国で実施した大規模ランダム化比較試験で、2015 年に NEJM に掲載された [1]。重度の湿疹もしくは卵アレルギーを持つ生後 4〜11 ヶ月の高リスク乳児 640 名を対象に、ピーナッツを「早期から定期的に摂取する群」と「5 歳まで回避する群」に無作為に割付け、5 歳時点でのピーナッツアレルギー発症率を比較した [1]。
結果は、ベースラインの皮膚テストが陰性だった子で、回避群 13.7% vs 摂取群 1.9%、ベースライン陽性の子でも回避群 35.3% vs 摂取群 10.6% という大きな差だった [1]。相対リスク減少は約 80%。これは観察研究ではなく、ランダム化比較試験の結果である。
さらに後続の LEAP-On 試験では、摂取群が 12 ヶ月間ピーナッツ摂取を中止しても、獲得した耐性が維持されることが示された [1]。「一時的な慣れ」ではなく、ある程度持続する免疫学的耐性: 特定の物質に対して免疫が「攻撃しなくてよい」と学習した状態。食物への耐性形成はアレルギー予防の核心が形成されていることを示唆する結果だ。
LEAP 以前の世界では、湿疹のある子にピーナッツを早期に与えることは「危険」と見なされていた。LEAP 以後、同じ集団に対する推奨は「むしろ早く始めるべき」へと反転した。「常識」が一本の RCT で動いた、近年では稀な例である。
日本の PETIT 試験 — 卵で同じことが起きた
国内の話題として大きいのが、国立成育医療研究センター主導の PETIT 試験だ。Natsume らが 2017 年に Lancet に発表したこの試験は、アトピー性皮膚炎を持つ生後 4 〜 5 ヶ月の乳児 121 名を対象に、湿疹を積極的に治療した上で、加熱卵粉末を計画的に少量から段階的に摂取する群とプラセボ群を比較した [2]。
主解析の結果は、卵アレルギー発症が摂取群 8% に対しプラセボ群 38%。中間解析の段階で有効性が明らかになり、試験は早期中止された [2]。LEAP と同様、湿疹をしっかりコントロールしながら、計画的に少量から段階的に導入することの安全性と有効性が示された。
PETIT が重要なのは、日本人乳児を対象に、日本の食文化(卵が主要アレルゲン)に直接当てはまる形で結果を出した点にある。これを受けて日本小児アレルギー学会の食物アレルギー診療ガイドライン 2021 は、鶏卵とピーナッツについて早期摂取による発症予防が期待できると位置づけている [3]。
EAT 試験 — そう単純でもなかった
ただし、すべてが「早く始めれば予防できる」で割り切れたわけではない。Perkin らが 2016 年に NEJM に発表した EAT(Enquiring About Tolerance)試験は、英国の一般集団の母乳栄養児 1,303 名を対象に、生後 3 ヶ月から 6 種類のアレルゲン食品(ピーナッツ、加熱卵、牛乳、ゴマ、白身魚、小麦)を導入する群と、6 ヶ月までは完全母乳の群を比較した [4]。
intention-to-treat 解析: くじ引きで割り付けられた群のまま、途中で脱落した参加者も含めて分析する手法。現実世界での効果を評価する際の標準(割付通り解析)では、6 食品いずれかへのアレルギー発症率に有意差は出なかった(早期 5.6% vs 標準 7.1%)[4]。一方、per-protocol 解析(実際にプロトコル通り摂取できた子のみの解析)では、早期群で有意に低い発症率が示され、ピーナッツアレルギーは 0% vs 2.5%、卵アレルギーは 1.4% vs 5.5% だった [4]。
この差が意味するのは、「導入は有効だが、現実の家庭で計画通り続けるのは難しかった」ということだ。EAT の主要解析が陰性だった事実は、ガイドラインを軽々に「全員早期導入」へ書き換えるべきでないことを示すと同時に、研究レベルでの有効性は per-protocol で再確認されたとも読める。
ここで丁寧に分けたいのは、ハイリスク集団(湿疹あり・卵アレルギーあり)と、一般集団の話だ。LEAP と PETIT はハイリスク集団で大きな効果を示し、EAT は一般集団で必ずしも同じ効果を示せなかった。現状のガイドラインがハイリスク集団における早期導入を強く推奨し、一般集団については「適切な時期に始める」程度に留めているのは、この差を反映している [3,5]。
家庭での実装 — 何が難しいか
LEAP / PETIT 以降の流れを受けて、AAP は 2017 年にピーナッツ早期導入のガイドラインを発表し、2019 年の Greer らの臨床報告でも「アレルゲン食品の導入を 4 〜 6 ヶ月を超えて遅らせる利点はなく、ピーナッツの早期導入はピーナッツアレルギー発症を予防する」と明記された [5]。日本の食物アレルギー診療ガイドライン 2021 も同じ方向にある [3]。
ただし、家庭で実装するのは、思ったよりも難しい。EAT 試験の per-protocol が脱落の多さに苦しんだのと同じく、現実には次のような壁がある。
- ハイリスクかどうかの判断: 重度の湿疹、卵アレルギーが既にある場合は、自己判断ではなく専門医の評価のもとで導入を進めることが推奨される [3]
- 継続摂取の難しさ: 「1 回試した」で終わらせず、週に複数回・少量を継続することが免疫学的耐性形成に重要とされる [1,2]
- 発症時の対応: 早期導入は「アレルギーが出ないこと」を保証しない。出たときに気づいて対応できることが前提
つまり、推奨の方向は明確になったが、自己判断で進める領域と、医師と相談すべき領域の境界はあいまいだ。湿疹のある子、家族歴のある子、過去に何らかの食物アレルギーが疑われたことがある子は、迷わずかかりつけ医、必要に応じてアレルギー専門医に相談するのが妥当な順序になる。
行動レベルでの落とし込み
ここまでを踏まえて、家庭で持てる判断軸は次のあたりに落ち着く。
- 生後 4 〜 6 ヶ月の離乳食開始期に、卵やピーナッツを含む一般的なアレルゲンを「避け続ける」必要は、エビデンス上ない [3,5]
- 湿疹を放置しないこと。湿疹のコントロールは、食物感作リスクの観点で導入のタイミングと同じくらい重要視されている [2,3]
- 記録を残す。初回摂取の食材・量・反応・時刻を記録しておくと、後日アレルギー反応の判別や医師への相談がしやすい
- ハイリスク(重度湿疹・既知の食物アレルギー)の場合は、家庭判断で進める前に医師に相談
Memori のような記録アプリでも、紙のノートでも、初回摂取日と反応のログは、後で診察を受けるときに想像以上に役立つ。「いつ」「何を」「どれだけ」「どんな反応」の 4 点だけでも、記憶の輪郭が残る。
まとめ
10 年前の「遅らせれば安全」は、LEAP 試験以降のエビデンスによって反転した [1,2]。ハイリスク乳児では計画的な早期導入が発症予防に有効で、日本の卵についても PETIT 試験で同様の結果が出ている [2]。一方、EAT 試験は「やれば効くが、実装が難しい」というもう一つの現実も示した [4]。
景色は変わった。ただし、それは家庭が単独で判断する話ではない。変わったことを知った上で、必要なら相談する。それが、今のところいちばん健全な順序である。
References
- Du Toit G, Roberts G, Sayre PH, et al. Randomized trial of peanut consumption in infants at risk for peanut allergy. N Engl J Med. 2015;372(9):803–813. doi:10.1056/NEJMoa1414850. PMID: 25705822.
- Natsume O, Kabashima S, Nakazato J, et al. Two-step egg introduction for prevention of egg allergy in high-risk infants with eczema (PETIT): a randomised, double-blind, placebo-controlled trial. Lancet. 2017;389(10066):276–286. doi:10.1016/S0140-6736(16)31418-0. PMID: 27939035.
- 海老澤元宏, 伊藤浩明, 藤澤隆夫 編. 食物アレルギー診療ガイドライン 2021. 日本小児アレルギー学会; 2021.
- Perkin MR, Logan K, Tseng A, et al. Randomized trial of introduction of allergenic foods in breast-fed infants. N Engl J Med. 2016;374(18):1733–1743. doi:10.1056/NEJMoa1514210. PMID: 26943128.
- Greer FR, Sicherer SH, Burks AW; Committee on Nutrition; Section on Allergy and Immunology. The Effects of Early Nutritional Interventions on the Development of Atopic Disease in Infants and Children: The Role of Maternal Dietary Restriction, Breastfeeding, Hydrolyzed Formulas, and Timing of Introduction of Allergenic Complementary Foods. Pediatrics. 2019;143(4):e20190281. doi:10.1542/peds.2019-0281. PMID: 30886111.