新生児マススクリーニング — 何を見ていて、何を見ていないか

読了時間 約 8 分English version available
対象
妊娠後期〜生後 1 ヶ月の子をもつ保護者
文字数目安
2,400字
ステータス
ドラフト v1(査読付き論文を中心に出典付与)

リード

産科で「マススクリーニング」と書かれた紙を渡される。生後数日のうちに、赤ちゃんの足の裏から数滴の血液を採取して、専門の検査機関に送る。

多くの保護者は、結果が「異常なし」の通知を受け取って終わりだ。何が検査されていたのか、結果が陰性であることが何を保証しているのか、逆に何を保証していないのか——立ち止まって調べる機会はあまりない。

新生児マススクリーニングは、20 世紀後半の公衆衛生制度のなかで最もコスト・ベネフィット比が優れた介入のひとつだ。同時に、対象疾患は限定的で、自治体によって項目が違い、偽陽性のコストも存在する。この記事では、日本で実施されている新生児マススクリーニングが「何を見ていて、何を見ていないか」を、査読研究と国内ガイドラインから整理する。

起源は WHO の 10 原則にある

スクリーニング検査の制度設計に関する古典的な文書として、1968 年に WHO が出した Wilson & Jungner の "Principles and Practice of Screening for Disease" がある [1]。ここで提示された 10 原則は、いまも各国のマススクリーニング制度の基礎になっている。要約すると、

  1. 対象疾患が公衆衛生上重要であること
  2. 早期治療が確立していること
  3. 診断・治療体制が利用可能であること
  4. 早期に発見できる潜伏期または初期症状期があること
  5. 適切な検査方法が存在すること
  6. 検査が対象集団に受容されること
  7. 自然経過が十分理解されていること
  8. 治療対象者を決める方針があること
  9. 費用が医療費全体の中で経済的に均衡していること
  10. 検査が継続的なプロセスであること

新生児スクリーニング対象疾患の選定は、本質的にこの 10 原則の現代版を満たすかどうかで決まる。「重症化を早期治療で防げる」「未治療なら不可逆な障害が残る」「適切な検査法がある」の 3 条件を満たす疾患が、優先的に組み入れられてきた。

日本のタンデムマス・スクリーニング、20 疾患の中身

日本のマススクリーニングは 1977 年に国の事業として開始された [2]。当初はフェニルケトン尿症など 5〜6 疾患が対象だったが、2014 年までに全国で(tandem mass spectrometry, MS/MS)が導入され、対象疾患が大幅に拡張された [2]。

現在の対象疾患は、厚生労働省が各自治体に勧奨している 20 疾患で、内訳は次のとおりである [2,3]:

日本の Pilot 期データでは、MS/MS を用いた拡張スクリーニングにより、対象疾患全体の発見頻度は約 1/9,330 人と推計されている [4]。1 万人に 1 人強という頻度は決して大きくはないが、未発見のまま重症化する子をひとり減らすことの公衆衛生的価値は大きい。

注意点として、20 疾患すべてが全国一律で検査されているわけではない。一次対象疾患(全自治体で実施)と二次対象疾患(自治体ごとに実施差がある)の区別が存在し、住んでいる地域によって受けられる検査範囲が異なる [3]。さらに、近年は脊髄性筋萎縮症(SMA)や重症複合免疫不全症(SCID)など、自治体パイロットや任意検査として追加されつつある疾患もあり、20 疾患の枠の外側も動いている。

聴覚スクリーニングは「もうひとつのマススクリーニング」

採血のマススクリーニングと並んで、生後数日のうちに行われるもうひとつの検査が、新生児聴覚スクリーニングである。

検査方法は主に 2 種類ある [5]:

JCIH(米国小児聴覚委員会)の 2019 年ステートメントは、用途と児の状態に応じて両者を使い分け、必要なら両方を組み合わせる二段階プロトコルを推奨している [5]。

日本では、新生児聴覚検査の実施率は近年 80% 以上で、自治体による公費負担も拡大している [6]。受診後の確認検査・精密検査・早期介入の体制が地域差をもって整備されつつあるが、ガイドライン上推奨される「1 ヶ月までに検査・3 ヶ月までに診断・6 ヶ月までに介入開始(1-3-6 原則)」を全例で達成するには課題が残っている [5,6]。

「何を見ていないか」を理解しておく

ここが本記事のいちばん書きたい部分である。

マススクリーニングは、選ばれた限定的な疾患について早期発見の網をかけている。逆に言えば、

「マススクリーニングで異常なし」は、上に挙げた 20 疾患(および聴覚)について早期発見の網に引っかからなかった、という意味だ。それ以外の発達・健康上の問題を否定するものではない。Wilson & Jungner の 10 原則 [1] からも明らかなように、スクリーニングは「全疾患の検出」を目的としない。

加えて、偽陽性のコストにも触れておきたい。タンデムマス法のような感度の高い検査では、最終的に病気ではない児が「要再検」になる頻度が一定数発生する。保護者にとって再検通知のあいだの不安は無視できないし、追加検査の負担も生じる。これは制度設計上ある程度避けがたいトレードオフであり、世界各国の新生児スクリーニング制度の比較でも論点として整理されている [7]。

行動レベルへの落とし込み

明日からできることを 3 つ挙げる。

ひとつ目。自分の住んでいる自治体がどの疾患までスクリーニングしているか、母子手帳と一緒に把握しておく。20 疾患の一次・二次の区別、地域差、任意上乗せ検査(SMA・SCID パイロットなど)の有無は、自治体の母子保健ページに記載されている [3]。「全国一律」と思い込んだまま転居すると、検査範囲が変わっていることに気づかないことがある。

ふたつ目。スクリーニングの結果通知は、紙だけでなくデジタルで残しておく。検査結果通知は、子が大きくなって医療機関にかかる場面で参照されることがある。母子手帳の該当ページの写真を撮って、Memori のような育児記録アプリやクラウドに残しておくと、20 年後の家族にとっての情報資産になる。

みっつ目。「マススクリーニング異常なし」の意味を、家庭内で正しく共有しておく。冒頭で書いたとおり、これは「すべて問題なし」の保証ではない。乳幼児健診で気になる点があれば、マススクリーニングの結果とは別に相談する。「マススクリーニングで陰性だから大丈夫」と過剰に安心する代わりに、限定的な早期発見の網だと理解しておくほうが、結果的に子の利益になる。

まとめ

日本の新生児マススクリーニングは、20 疾患(採血)と聴覚(OAE/AABR)を対象とした、世界的にも高水準の早期発見制度である [2,5,6]。Wilson & Jungner の 10 原則 [1] を満たす疾患が選別的に組み込まれており、すべての先天疾患・発達障害を網羅するものではない。

「何を見ているか」と同じくらい、「何を見ていないか」を理解しておくことが、結果通知の意味を正しく扱う鍵になる。陰性は安心の根拠であり、しかし全能ではない。


References

  1. Wilson JMG, Jungner G. Principles and practice of screening for disease. Public Health Papers No. 34. World Health Organization; 1968. https://iris.who.int/handle/10665/37650
  2. Tajima T, Yamaguchi S (eds). Newborn Screening in Japan—2021. Int J Neonatal Screen. 2022;8(1):3. doi:10.3390/ijns8010003. PMID: 35076455.
  3. 日本マス・スクリーニング学会. 新生児マススクリーニング対象疾患等診療ガイドライン 2019. https://www.jsms.gr.jp/
  4. Shigematsu Y, Hirano S, Hata I, et al. Newborn mass screening and selective screening using electrospray tandem mass spectrometry in Japan. J Chromatogr B Analyt Technol Biomed Life Sci. 2002;776(1):39–48. doi:10.1016/S1570-0232(02)00077-6. PMID: 12127323.
  5. Joint Committee on Infant Hearing. Year 2019 Position Statement: Principles and Guidelines for Early Hearing Detection and Intervention Programs. J Early Hear Detect Interv. 2019;4(2):1–44.
  6. こども家庭庁. 「新生児聴覚検査の実施状況等について」の調査結果. https://www.cfa.go.jp/policies/boshihoken/chokakukensa
  7. Therrell BL, Padilla CD, Loeber JG, et al. Current status of newborn screening worldwide: 2015. Semin Perinatol. 2015;39(3):171–187. doi:10.1053/j.semperi.2015.03.002. PMID: 25979780.
  8. Therrell BL, Padilla CD, Borrajo GJC, et al. Current Status of Newborn Bloodspot Screening Worldwide 2024: A Comprehensive Review of Recent Activities (2020–2023). Int J Neonatal Screen. 2024;10(2):38. doi:10.3390/ijns10020038.