父親の周産期うつ — 見えにくいリスクと、相談導線をどう設計するか

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対象
0〜1歳の子をもつ、もしくはこれからもつ父親と、そのパートナー
文字数目安
2,400字
ステータス
ドラフト v1(査読付き論文を中心に出典付与)

リード

「産後うつ」と聞いたとき、多くの人は母親を思い浮かべる。育休、母子手帳、産後ケア事業、産婦人科の問診票。制度の入り口はいずれも母親側に設計されている。

しかし、産前産後にうつ状態を経験するのは母親だけではない。父親も、かなりの割合で経験する。問題は、その存在が制度的にも文化的にもほとんど可視化されていないことだ。

この記事では、父親の周産期うつについて、海外と日本の査読研究が示している数字を整理し、それが子の発達に及ぼす影響、そして相談導線の薄さをどう自助で補うかを考えてみたい。やわらかい励ましの記事にはしない。事実を、できるだけ正確に書く。

「10人に1人」という数字の質感

父親のに関する最も引用されるエビデンスは、Paulson と Bazemore による 2010 年の JAMA である [1]。43 件の研究、28,004 名の父親を統合し、妊娠期から産後 1 年までの父親のうつ症状の 10.4%(95% CI 8.5–12.7%) と推定した [1]。さらに、産後 3〜6 ヶ月の時点でのうつ症状有病率は 25.6% と報告されている [1]。

この推定は 2016 年に Cameron らが更新メタアナリシス(74 研究、約 41,000 名)を行い、8.4%(95% CI 7.2–9.6%) とほぼ同じレンジの値を出している [2]。研究の年代・地域・測定尺度を変えても、父親の約 1 割が周産期に有意なうつ症状を経験する、という線は概ね安定している。

日本国内のデータも、海外と大きく外れない。Suto らが愛知県西尾市で実施した縦断研究では、産後 3 ヶ月以内に EPDS でカットオフ 8 点以上のうつ症状を示した父親は約 17% にのぼった [3]。日本人男性を対象としたメタアナリシス(Nishimura ら、2020)では、周産期父親うつの推定有病割合は 8.5% と報告されている [4]。海外の数字を持ってきたのではなく、国内で測っても、ほぼ同じレンジで観測されている。

「10 人に 1 人」を多いと取るか少ないと取るかは、読み手次第だ。ただ、母親の周産期うつが約 1 割と長く言われ続けて社会的に大きな問題として扱われてきたことを思えば [4]、父親側だけ「個人の弱さ」「乗り越えればよい」で済ますのは、エビデンス的にも筋が通らない。

子の発達に与える影響は、独立して観察されている

「父親がうつでも、母親が大丈夫なら子には影響しないのでは」という見方は、データの上では成り立ちにくい。

Ramchandani らは、英国の Avon Longitudinal Study of Parents and Children(ALSPAC)コホート(父親 8,431 名、子 10,024 名)で、産後 8 週時点の父親うつと、その子の 3.5 歳時点の情緒・行動問題との関連を縦断的に検討した [5]。母親の産後うつや父親の後年のうつを統計的に調整した上でも、父親の産後うつは子の情緒・行動問題と関連し(調整オッズ比 2.09)、男児の行動問題ではより強い関連が観察された(調整オッズ比 2.66)[5]。

母親のうつとは独立した経路で、父親のうつが子の発達に影響する可能性がある、という設計のしっかりしたは、その後 Lancet Psychiatry に掲載された思春期追跡論文を含め、繰り返し報告されている。父親のうつは「母親のうつの副産物」ではないというのが、この 20 年で蓄積された主要な所見だ。

念のため補足すると、これは「父親がうつになると子が必ずこうなる」という決定論的な話ではない。集団レベルで見たときに、リスクが平均的に持ち上がる、という統計的事実である。この区別は重要だ。

なぜ見つかりにくいのか

父親の周産期うつが見過ごされやすい構造的な理由は、少なくとも 3 つある。

第一に、測定尺度の問題。母親に広く用いられる Edinburgh Postnatal Depression Scale(EPDS)は男性にも使われるが、男性のうつは典型的な「気分の落ち込み」よりも、いらだち・飲酒量の増加・仕事への過剰没頭・身体症状の形をとりやすいとされ、EPDS だけでは拾い切れない可能性が指摘されている [2]。

第二に、接点の少なさ。母親には妊婦健診・産後健診・乳幼児健診という定期的な医療接点があり、その場でのスクリーニングが組み込まれつつある。父親にはそれに相当する公的な接点が、日本ではまだほとんど存在しない。乳幼児健診で父親が来院しても、本人の精神状態を尋ねる項目は基本的にない。

第三に、文化的な抑制。「父親なんだから支える側」という規範は、症状を本人が認知しにくくし、認知しても口に出しにくくする。Cameron らのメタアナリシスでも、父親のうつ症状は母親のうつ症状と中程度の相関(r 約 0.3)を示しており [2]、片方が不調なら片方も不調になりやすい関係性が見える。それでも、相談に行くのは母親側だけ、というケースが圧倒的に多い。

記録と、相談の閾値を下げること

ここまでをふまえて、明日からできることはそう多くない。父親側のスクリーニング体制が整うのを待つ間、家庭の中でできることは限られている。それでも、書いておきたいことが 2 つある。

ひとつは、気分・睡眠・飲酒量・いらだちの強度を、日記レベルでもいいので残しておくこと。父親のうつは「気分の落ち込み」より先に、睡眠の質と日中のいらだちに表れることが多い [2]。Memori のような育児記録アプリでもいいし、紙のノートでもいい。記録は、自分が後から自分の状態を客観視するための鏡になる。一週間後の自分が、先週の自分のひどさに気づける程度には残しておくと、相談のタイミングを逃しにくい。

もうひとつは、「父親も精神科・心療内科にかかっていい」という選択肢を、頭の中の選択肢リストに置いておくこと。日本の制度上、父親には決まった相談窓口がない。だが、自治体の保健センターに電話して状況を話すことはできるし、かかりつけの内科や、母親が通っている産婦人科に同行したついでに相談することもできる。重要なのは、「相談していい状態」のラインを、自分の中で下げておくことだ。10 人に 1 人が経験する事象に対して、たまたま自分がその 1 人だっただけ、と捉え直すと、扉は少し開きやすくなる。

判断は読者に委ねる。ただし、二週間以上続く強い睡眠障害や、子・パートナーへのいらだちが自分でも怖いほどになっている状態は、迷う前にかかりつけ医に話したほうがいい。早すぎる相談は存在しないし、誤って相談しても誰も損しない。

まとめ

父親の周産期うつは、約 1 割という規模で実在し、母親のうつとは独立に子の発達と関連しうる [1,2,5]。日本でも観察される値は海外と大きく違わない [3,4]。にもかかわらず、制度的な接点はまだ薄い。

制度を待たずに自分の家庭で打てる手は限られているが、状態を記録すること、相談の閾値を下げておくこと、この 2 つは、明日からでもできる。父親であることと、自分の精神状態を見る権利は、矛盾しない。


References

  1. Paulson JF, Bazemore SD. Prenatal and postpartum depression in fathers and its association with maternal depression: a meta-analysis. JAMA. 2010;303(19):1961–1969. doi:10.1001/jama.2010.605. PMID: 20483973.
  2. Cameron EE, Sedov ID, Tomfohr-Madsen LM. Prevalence of paternal depression in pregnancy and the postpartum: An updated meta-analysis. J Affect Disord. 2016;206:189–203. doi:10.1016/j.jad.2016.07.044. PMID: 27475890.
  3. Suto M, Isogai E, Mizutani F, Kakee N, Misago C, Takehara K. Prevalence and Factors Associated With Postpartum Depression in Fathers: A Regional, Longitudinal Study in Japan. Res Nurs Health. 2016;39(4):253–262. doi:10.1002/nur.21728. PMID: 27209152.
  4. Nishimura A, Fujita Y, Katsuta M, Ishihara A, Ohashi K. Prevalence of perinatal depression among Japanese men: a meta-analysis. Ann Gen Psychiatry. 2020;19:65. doi:10.1186/s12991-020-00316-0.
  5. Ramchandani P, Stein A, Evans J, O'Connor TG; ALSPAC study team. Paternal depression in the postnatal period and child development: a prospective population study. Lancet. 2005;365(9478):2201–2205. doi:10.1016/S0140-6736(05)66778-5. PMID: 15978928.
  6. Sethna V, Murray L, Netsi E, Psychogiou L, Ramchandani PG. Paternal depression in the postnatal period and early father-infant interactions. Parent Sci Pract. 2015;15(1):1–8. doi:10.1080/15295192.2015.992732.
  7. Nishigori H, Obara T, Nishigori T, et al. The prevalence and risk factors for postpartum depression symptoms of fathers at one and 6 months postpartum: an adjunct study of the Japan Environment & Children's Study. J Matern Fetal Neonatal Med. 2020;33(16):2797–2804. doi:10.1080/14767058.2018.1560415. PMID: 30563397.