産後うつ・産後うつ未満 — EPDS と臨床閾値の読み方

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対象
産後 1 年以内の保護者、その家族・パートナー
文字数目安
2,400字
ステータス
ドラフト v1(査読付き論文を中心に出典付与)

リード

退院後の最初の健診で、10 項目の質問票を渡される。「過去 7 日間に感じたこと」を答える。点数が出る。点数が、ある数字を超えると、面談に案内される。

それが だ。多くの自治体・産科で使われている、産後うつスクリーニングの標準ツールである。

「9 点だった」「12 点だった」と言われたとき、その数字をどう受け止めればいいのか。閾値を超えなければ大丈夫なのか、超えたら産後うつなのか。あるいは、点数とは別の場所に、語られにくい苦しさがあるのではないか。

この記事では、EPDS の開発背景と臨床的な閾値の意味、産後うつの有病率、そして「閾値未満でもしんどい」をどう扱うかを整理する。

EPDS とは何か — 1987 年の原点

EPDS は、1987 年に Cox らが British Journal of Psychiatry 誌に発表した、10 項目自己記入式の質問票である [1]。84 名の母親を対象に、精神科医による Research Diagnostic Criteria に基づく診断と比較して妥当化された [1]。原著では、抑うつ症状をもつ女性の 9 割を高感度で同定でき、産後の女性に特化したスクリーニング指標として広く採用されていった。

日本語版は、1996 年に岡野禎治らによって翻訳・妥当性検証され、産科診断学誌に発表されている [2]。日本語版での検証では、カットオフ点を 8/9 とした場合の 0.75、 0.93 が報告された [2]。母子健康手帳での周産期メンタルヘルススクリーニングや産婦健診で広く使われているのは、この日本語版である。

EPDS が「うつ病」の診断ツールではないことは、開発者も繰り返し強調している。EPDS はスクリーニング、つまり「詳しい評価が必要な人を拾うための網」であり、点数が高い=うつ病、ではない。診断には精神科・心療内科や心理士による評価が必要になる。

閾値はひとつではない

EPDS の閾値(カットオフ)は、用途によって異なるラインが推奨されている。

2020 年に BMJ に発表された Levis らの個別参加者データメタアナリシス(36 研究、9,066 名)は、半構造化面接による major depression の検出について、各カットオフごとの感度・特異度を報告している [3]。

実務上、9/10 のラインは地域でのスクリーニング(取りこぼしを減らしたい)、13 以上は研究・臨床評価(疑陽性を減らしたい)という使い分けが多い [3]。日本では岡野らの 8/9 ラインが地域の周産期メンタルヘルススクリーニングで広く使われる [2]。

ここで強調したいのは、異なる閾値は異なる目的に対して設計されているということだ。「9 点だったから大丈夫」「13 点だから産後うつ」のような単純な読み替えは、ツールの設計意図と合わない。閾値は判断の入口であって、出口ではない。

有病率を知る — 「7〜10 人に 1 人」の意味

産後うつは、稀な病気ではない。

O'Hara と Swain が 1996 年に International Review of Psychiatry 誌に発表した、産後うつ有病率に関する古典的メタアナリシスは、非精神病性の産後うつの平均有病率を 13% と推定した [4]。「7〜8 人に 1 人」という頻度感は、ここに由来する数値の一つだ。

日本国内では、Tokumitsu らが 2020 年に Annals of General Psychiatry 誌に発表したメタアナリシスが、123 研究・108,431 名の日本人女性データから、産後 1 ヶ月時点の点有病率を 14.3% と推定している [5]。妊娠中期で 14.0%、妊娠後期で 16.3%、産後期間が経過するにつれて低下する経過も併せて報告された [5]。日本のデータは、世界の平均値とほぼ同じ水準にあり、特別に低いわけでも高いわけでもない。

父親側のリスクも、データが揃ってきている。Paulson と Bazemore が 2010 年に JAMA 誌に発表したメタアナリシスでは、産前産後の父親の抑うつ有病率は 10.4% と推定された [6]。同一家庭内での母親の抑うつとの相関も中程度(r=0.31)に確認されており、産後うつは家族の問題として捉える必要があることを示唆している [6]。

これらの数字は、産後うつが「一部の人の特殊な状態」ではなく、統計的にかなりの確率で起こる、ありふれた事象であることを意味する。「自分だけが」という感覚は、有病率データの前ではかなり弱まる。

「閾値未満でもしんどい」をどう扱うか

EPDS が 7 点や 8 点で、面談には呼ばれなかった。だが、毎日が重たい。この感覚は、医学的に存在しないものではない。

精神医学の世界では、これは「(subthreshold depression)」「マイナーデプレッション」として古くから議論されてきた [7]。診断基準(DSM-5)の major depression を満たさない、しかし機能障害や苦痛を伴う症状群が、確かに存在する [7]。閾値下抑うつは、major depression への進行リスク要因であり、また、抑うつ症状を伴わない群と比較して機能障害や QOL 低下が確認されている。

産後期に限れば、EPDS 9 点未満でも、

といった状態は、それ単独でも相談に値する。EPDS は major depression のスクリーニングを目的に設計されているが、産後のメンタルヘルスは「major depression かそうでないか」の二択ではない [7]。

ここで重要なのは、「相談していい閾値は、EPDS の閾値より低い」という認識である。点数で安心できなかったときに「点数が低かったから我慢する」のではなく、「点数とは別に、しんどいから話す」のほうがコストが低い。

行動レベルへの落とし込み

明日からの選択肢として、次の 3 つを置いておく。

  1. EPDS は「現在地」、診断は「医療者の仕事」: 自治体の産婦健診や産科で受けた EPDS の点数は、相談すべきか判断するための入口として使う。点数だけで自己診断しない
  2. パートナー側もスクリーニング対象: 父親の産後うつ有病率は約 10%、母親の状態と中程度に相関する [6]。家庭としてのスクリーニングという考え方は、海外では一般化しつつある
  3. 相談先を事前にひとつ持っておく: こども家庭センター(旧子育て世代包括支援センター)、産婦健診時の医師・助産師、自治体の保健師、産後ケア事業、精神科・心療内科。どこか 1 つ、最初に電話する番号を冷静なときに決めておく [8]

Memori のような記録アプリで日々の体感や睡眠を残しておくと、医療者に状態を伝えるときに「先週からの推移」を共有しやすい。点数の有無にかかわらず、自分の状態を時系列で観察できることそのものが、相談のしやすさを上げる。

まとめ

EPDS は、1987 年に Cox らが設計したスクリーニングツールであり [1]、日本語版は 1996 年に岡野らによって妥当化されている [2]。閾値は用途によって 9/10、11、13 などが使い分けられ [3]、「点数 = 診断」ではない。

産後うつの有病率は世界で約 13%、日本で約 14% [4,5]。父親の有病率も約 10% [6]。これは特別な状態ではなく、ありふれた事象である。

EPDS が低くても、しんどさが続くなら相談していい。EPDS の閾値は major depression のラインで設計されており、それ未満の苦痛も臨床的に意味がある [7]。

点数より、声に出すことのほうが、ときに早い。


References

  1. Cox JL, Holden JM, Sagovsky R. Detection of postnatal depression. Development of the 10-item Edinburgh Postnatal Depression Scale. Br J Psychiatry. 1987;150:782–786. doi:10.1192/bjp.150.6.782. PMID: 3651732.
  2. 岡野禎治, 村田真理子, 増地聡子, 他. 日本版エジンバラ産後うつ病自己評価票(EPDS)の信頼性と妥当性. 精神科診断学. 1996;7(4):525–533.
  3. Levis B, Negeri Z, Sun Y, Benedetti A, Thombs BD; DEPRESsion Screening Data (DEPRESSD) EPDS Group. Accuracy of the Edinburgh Postnatal Depression Scale (EPDS) for screening to detect major depression among pregnant and postpartum women: systematic review and meta-analysis of individual participant data. BMJ. 2020;371:m4022. doi:10.1136/bmj.m4022. PMID: 33177069.
  4. O'Hara MW, Swain AM. Rates and risk of postpartum depression—A meta-analysis. Int Rev Psychiatry. 1996;8(1):37–54. doi:10.3109/09540269609037816.
  5. Tokumitsu K, Sugawara N, Maruo K, Suzuki T, Shimoda K, Yasui-Furukori N. Prevalence of perinatal depression among Japanese women: a meta-analysis. Ann Gen Psychiatry. 2020;19:41. doi:10.1186/s12991-020-00290-7. PMID: 32607122.
  6. Paulson JF, Bazemore SD. Prenatal and postpartum depression in fathers and its association with maternal depression: a meta-analysis. JAMA. 2010;303(19):1961–1969. doi:10.1001/jama.2010.605. PMID: 20483973.
  7. Cuijpers P, Smit F. Subthreshold depression as a risk indicator for major depressive disorder: a systematic review of prospective studies. Acta Psychiatr Scand. 2004;109(5):325–331. doi:10.1111/j.1600-0447.2004.00301.x. PMID: 15049768.
  8. こども家庭庁. こども家庭センターについて. 令和 6 年度. https://www.cfa.go.jp/