リード
夕食の片づけをしながら、今日もまた野菜をほとんど残された皿を見る。頭をよぎるのは、「この子、ちゃんと栄養足りているのだろうか」という不安だ。
不思議なのは、同じ週のうちに、納豆ごはんを 2 杯おかわりした日や、給食のスープを完食して帰ってきた日があったはずなのに、そちらの記憶はずいぶん薄いことだ。残された皿のほうばかり、鮮明に覚えている。
この非対称は、親の能力や関心の問題ではない。人間の記憶の仕組みそのものだ。本稿では、その仕組みを逆手にとって、偏食の不安を「書くこと」で構造的に和らげる方法を考えてみたい。
親は「食べなかった」をよく覚えている
心理学では古くから、ネガティブな出来事のほうがポジティブな出来事より記憶に残りやすいことが指摘されてきた。Baumeister らによる包括的レビュー「Bad is stronger than good: 「悪い出来事は良い出来事より影響が強い」を要約したフレーズで、ネガティビティ・バイアス研究の代表的論文タイトル」は、日常の出来事、人間関係、感情記憶、養育者からのフィードバックなど多領域にわたって、悪い出来事のほうが良い出来事よりも強く、長く、深く処理されることを 200 本以上の研究から示している [1]。
育児でいえば、「食べなかった」「寝なかった」「泣き止まなかった」は強く焼きつき、「食べた」「寝た」「機嫌よく遊んだ」は背景に溶けていく。
偏食に関しては、この非対称がさらに強く出る。理由は単純で、
- 「食べなかった」は親の側で何か対応を求められる出来事だ(追加で出すか、諦めるか、夜に何か足すか)
- 「食べた」は、ただ食事が終わるだけで何も判断を必要としない
判断が必要だった出来事のほうが、脳に強く刻まれる。結果として親の頭の中では、実態以上に「食べていない」イメージが膨らんでいく。
ここに気づくだけでも、すでに半歩前進している。問題は実際の食事内容ではなく、それを見ている自分の認知のフィルターのほうにある可能性が高い、と疑う余地ができるからだ。
そもそも幼児期の偏食はかなり一般的だ
ここでもうひとつ、頭の重しを下ろせるデータがある。幼児期の picky eating(偏食・選り好み)は、例外的な状態ではなく、ほぼ通過点に近い。
オランダの大規模出生コホート: ある時期に生まれた子どもの集団を、生まれた時点から長期間にわたって追跡する研究デザイン(4,000 名超)を追跡した Cardona Cano らの研究では、保護者報告による偏食の有病割合: ある時点でその状態を持っている人が集団全体の中で占める割合。「最近1か月でそうだった」のような形で測るが 1 歳半で 26.5%、3 歳で 27.6%、6 歳で 13.2% と推移し、年齢とともに低下することが示されている [2]。長期軌跡を見ると、早期に偏食を呈した児の多くが寛解する一過性パターンであり、6 歳以降も持続するのは数 % 程度であった [2]。
食わず嫌い: food neophobia。見たことのない食べ物や食感を避けようとする傾向。発達段階として2〜6歳でピークを迎えることが知られている(food neophobia)についても、Dovey らの総説は 2〜6 歳でピークを迎え、その後減少する発達上の状態として整理している [3]。「うちの子だけ食べない」と感じる場面の多くは、発達のピーク期に居合わせているだけ、というのが疫学の側から見えてくる姿だ。
これは「気にしなくていい」という意味ではない。気にしている自分のほうが、多数派の中にいるという相対化である。
1週間まとめて書き出すと、別の景色が見える
不安を縮めるいちばん簡単な方法は、実態を可視化することである。
やり方はシンプルでよい。1 週間分、子が口にしたものを淡々と書き出してみる。完璧でなくていい。覚えているぶんだけでよい。
- 月: 朝 ごはん 卵 / 昼 うどん にんじん / 夜 ごはん 鮭 ブロッコリー 2 口
- 火: 朝 食パン バナナ / 昼 (保育園) / 夜 カレー
- 水: 朝 ヨーグルト / 昼 おにぎり / 夜 ごはん 豆腐 トマト 1 切れ
並べてみると、たいていの場合、頭の中で描いていた「ぜんぜん食べていない」とは違う風景が現れる。炭水化物とたんぱく質はだいたい毎日入っていて、野菜と果物がポツポツ顔を出していることが多い。
これは「気休め」ではなく、客観化の効用だ。偏食の悩みは、量と種類の問題と同じくらい、親自身が状況を把握できていない不確かさから生まれている。書き出した 1 枚があるだけで、不確かさが小さくなる。
「3食 + おやつ」のうち1つ口にすれば及第点
栄養面で完璧な 1 食を毎食目指すと、ほぼ確実に消耗する。代わりに、ゆるい基準を 1 つ置いておくと心が守られる。
たとえば、3 食とおやつのうち、どこか 1 ヶ所で野菜・たんぱく質・炭水化物のいずれかが口に入っていれば、その日は及第点とする。3 日連続で同じ栄養素が抜けた日が続いたら、はじめて翌週のメニューに反映させる、くらいのリズムでよい。
この「1 日単位ではなく週単位で見る」という視点は、小児科や栄養相談の現場でも広く採用されている。子の食事量は日や週で大きく揺れるのが普通であり、1 日の良し悪しに一喜一憂してもあまり意味がない。
なお、苦手な食材を増やしたいときの方法としては、繰り返し提示(repeated exposure)の効果が比較的よく示されている。Wardle らのロンドンの幼児を対象にした RCT では、報酬を与えるよりも、嫌いな野菜(赤ピーマン)を 2 週間にわたり毎日少量提示するほうが、その後の摂取量と嗜好を有意に高めた [4]。「無理に食べさせる」のではなく「皿に毎回出しておく」程度の介入が、エビデンス上は穏当な選択肢だ。
食わず嫌いと、感覚由来の拒否を区別する
ひとくちに「食べない」と言っても、背景はかなり違う。
- 視覚や経験から「これは嫌そうだ」と判断している(食わず嫌い)
- においや食感に強い不快を感じている(感覚過敏由来の拒否)
- その日の体調・機嫌で食欲が落ちている
- 食事より遊びに気持ちが向いている
このうち、特に注意したいのが感覚過敏由来の拒否だ。Cermak らのレビューは、自閉スペクトラムを含む感覚処理の特性を持つ児で、食材の食感・におい・温度に対する強い反応が偏食につながりやすいことを整理している [5]。柔らかいものしか受けつけない、特定の温度でないと口にしない、ある種類の繊維で必ずえずくといったパターンが続く場合、無理に食べさせる介入は逆効果になりやすい [5]。
さらに踏み込んで、痩せや栄養障害、社会生活への支障が伴う「回避・制限性食物摂取症: Avoidant/Restrictive Food Intake Disorderの訳。食欲不振や食感への嫌悪などから極端に偏った食事が続き、痩せや栄養障害につながる摂食障害の一型(ARFID)」という診断カテゴリも DSM-5: アメリカ精神医学会が定める精神疾患の診断基準マニュアル第5版。世界中の臨床・研究で診断の共通言語として使われるで導入されている。一般人口における ARFID の頻度は一様ではないが、人口ベースのスクリーニング調査で 0.3〜15.5%、専門外来では 5〜22.5% との報告がある [6]。普通の「偏食」と連続したスペクトラムだが、家庭で線を引こうとしないほうが安全な領域だ。
気になるパターンが 2〜3 週間続いたら、健診や小児科で相談材料として持ち込むのが現実的だ。そのとき、頭の中の印象ではなく、書き残した 1〜2 週間の食事ログがあると、話が驚くほど早く進む。
写真1週間分という、最小の型
文字で書くのが負担なら、もっとミニマルな型もある。毎食の食卓を 1 枚だけ写真に撮る。それだけだ。
週末に 7 日分を並べてみると、文字で書いたとき以上に「思っていたより食べている」が見える。Memori のような育児記録アプリで日付ごとに写真がまとまる仕組みでも、スマホのアルバムでフォルダを切るのでもよい。ツールの選択は本筋ではない。
意味があるのは、「あとでまとめて見る」ためのストックを、1 日 30 秒の負担で作り続けることである。
まとめ
偏食の不安の多くは、栄養そのものより、状況が見えていないことから来ている。書き出してみれば、たいていは「思っていたより食べている」とわかる。見えても足りていなければ、それは医療相談に持ち込むべき確かな素材になる。
幼児期の偏食は疫学的にも一過性のことが多く [2,3]、ネガティブな出来事が記憶に残りやすいという認知のクセが [1]、実態以上の不安を作り出している。書くという行為は、子のためというより、自分の記憶のクセを補正するための装置だ。今夜の食卓を 1 枚だけ撮って、週末に並べて見るところから始めればいい。
References
- Baumeister RF, Bratslavsky E, Finkenauer C, Vohs KD. Bad is stronger than good. Rev Gen Psychol. 2001;5(4):323–370. doi:10.1037/1089-2680.5.4.323.
- Cardona Cano S, Tiemeier H, Van Hoeken D, et al. Trajectories of picky eating during childhood: a general population study. Int J Eat Disord. 2015;48(6):570–579. doi:10.1002/eat.22384. PMID: 25644130.
- Dovey TM, Staples PA, Gibson EL, Halford JCG. Food neophobia and 'picky/fussy' eating in children: a review. Appetite. 2008;50(2-3):181–193. doi:10.1016/j.appet.2007.09.009. PMID: 17997196.
- Wardle J, Herrera ML, Cooke L, Gibson EL. Modifying children's food preferences: the effects of exposure and reward on acceptance of an unfamiliar vegetable. Eur J Clin Nutr. 2003;57(2):341–348. doi:10.1038/sj.ejcn.1601541. PMID: 12571670.
- Cermak SA, Curtin C, Bandini LG. Food selectivity and sensory sensitivity in children with autism spectrum disorders. J Am Diet Assoc. 2010;110(2):238–246. doi:10.1016/j.jada.2009.10.032. PMID: 20102851.
- Sanchez-Cerezo J, Nagularaj L, Gledhill J, Nicholls D. What do we know about the epidemiology of avoidant/restrictive food intake disorder in children and adolescents? A systematic review of the literature. Eur Eat Disord Rev. 2023;31(2):226–246. doi:10.1002/erv.2964.