リード
記録することが、今はできない。あるいは、記録したいのに何を書けばいいかわからない。または、記録を消してしまいたいと思う。それぞれが、まったく異なる状態のように見えて、同じ喪失の後に続く、自然な経路のどこかに位置している。
この記事で扱うのは、子を亡くした後に「記録」という行為がどのような意味を持ちえるか、そしてグリーフ(悲嘆)ケアの研究が何を示しているかだ。「こうすれば楽になる」という処方箋を出すつもりはない。ただ、何かを知っておくことが、今この時間をわずかでも扱いやすくする助けになる場合がある。
流産・死産の頻度と、その孤立感
まず、数字を確認しておく。
流産(自然流産)は、臨床的に確認された妊娠の約 15〜20% で起きる [1]。世界では毎年推定 2,300 万件の流産が起きており、これは毎分 44 件に相当する [1]。死産については、日本の人口動態統計では死産率(妊娠満 12 週以後の胎内死亡)が出生千対で一定数報告されており、国際的には 1,000 出生あたり約 4 件前後とされる [要出典: 国内最新値]。
これだけ一般的な経験でありながら、流産や死産を「身近で話せる人がいる」と感じる人は少ない。米国での調査では、流産の公開有病率(自分の経験を他者に話している人の割合)が実際の有病率をはるかに下回ることが示されており、多くの人が「自分だけが経験した」と誤解している [要出典: national survey miscarriage perception]。
孤立感は喪失そのものとは別に作用する。「こんなに早い段階だから大げさだと思われる」「次の子がいるから大丈夫だと思われる」という自主規制が、悲嘆の表現を内側に閉じ込める。
喪失後の心理反応と「complicated grief(複雑性悲嘆)」
Kersting & Wagner(2012)は、周産期: 妊娠22週から生後7日間を指す母子にとって重要な移行期間喪失後の複雑性悲嘆に関する系統的な文献整理を Dialogues in Clinical Neuroscience に発表し、流産・死産・新生児死が PTSD 症状・うつ・不安と高頻度に重なること、とくに社会的支援の欠如・既存の関係上の困難・妊娠の予期せぬ中断(胎児異常による終了含む)が複雑性悲嘆のリスクを高めることを述べている [2]。
複雑性悲嘆: 喪失後に悲嘆が長期間持続し日常機能が著しく障害される状態。DSM-5-TR では「遷延性悲嘆障害」として収載(DSM-5-TR では「遷延性悲嘆障害」として収載)は、喪失後 12 ヵ月以上にわたり、故人への強烈な渇望・現実感の喪失・意味喪失感が持続し、社会・職業機能を著しく障害する状態を指す。この状態は「悲しみが長い」とは異なり、臨床的な介入が有効とされる [2]。
Cacciatore(2010)は死産後のケアに関する論文で、患者中心・関係性中心のアプローチの重要性を論じ、ケアは標準化より個別化を優先すべきであり、「何を感じているか」を否定せず受けとめる姿勢そのものが治療的機能を持つと述べている [3]。これは、「立ち直りを促す」ことよりも「その人がどこにいるかを認める」ことを先行させるという考え方だ。
記録という行為の多様な形
「記録」は、育児日記や写真の話だけではない。
医療の文脈では、死産や周産期死亡を経験した家族に対して「memory box(メモリーボックス)」と呼ばれるケアの実践がある。手形・足形・写真・臍帯などの形見品を保存する取り組みで、英国を中心に病院ベースで普及している。Kingdon ら(2015)は、英国の病院における死産後ケアの調査の中で、両親が「子の実在の証拠」を持つことが悲嘆の処理と子の記憶の保持に重要だと感じていることを報告している [4]。
ただし、この実践には注意が必要な側面もある。「見たくない」「持ちたくない」という選択も等しく尊重されなければならない。「してあげたほうがよい」という医療者の善意が、当事者にとっては圧力になることがある。Cacciatore(2010)のいう「標準化より個別化」はここにも適用される [3]。
記録の形は多様であり得る。
- 形見品や写真の保管: 後になってから「あってよかった」と感じる人が多いが、作るかどうか・見るかどうかの選択権は当事者にある
- 文章や手紙: 子に宛てた文章を書くことは、語りを通じた悲嘆処理の一形式として複数の臨床文献に記録されている
- 記録をしない、という選択: 「消したい」「残したくない」という気持ちは異常ではない。喪失後の記憶に対するコントロール欲求は、自然な心理応答だ
- 時間をおいてから始める: 数ヵ月・数年後に「書きたくなった」と感じることがある。記録に「時期」の制限はない
Memori のような育児記録アプリで、子のことを記録していた保護者が、喪失後にその記録をどう扱うかは、誰もが直面しうる問いだ。消すことも、残すことも、しばらく開かないことも、すべて有効な選択だ。アプリの機能がどうあれ、その判断は当事者だけが持つ。
パートナーや家族との非同期
同じ喪失を経験しながら、パートナーと「悲しみの深さ・タイミング・表現方法」がまったく異なることがある。これは感情の正直さの差ではなく、喪失への反応が本質的に個人的であることの表れだ。
Kersting & Wagner(2012)が指摘するように、パートナー間での関係上の摩擦が複雑性悲嘆のリスクを高める [2]。「あの人は泣かない」「私が悲しんでいるのに普通に過ごしている」という感覚は、どちらの感情も本物であることを理解する情報があると、少し扱いやすくなる。
専門的なサポートへの接続
グリーフケアにおいて、専門家のサポートは「弱さのサイン」ではなく、「複雑性悲嘆への移行を防ぐ予防的介入」として位置づけられる [2]。
迷うなら相談してほしいと思う。以下の窓口は、流産・死産・子の死別を経験した方への専門的支援を行っている。
- 天使のたまご(産科婦人科系 NPO): 周産期喪失の当事者コミュニティ
- グリーフサポートせたがや・各地の遺族支援グループ: 地域ごとに存在する
- かかりつけの産科・小児科での相談: 次の妊娠・医療的フォローとあわせて依頼できる
- こころの健康相談統一ダイヤル: 0570-064-556(都道府県ごとの精神保健福祉センターへ接続)
まとめ
周産期喪失・子の死別は、孤立感の中で経験されることが多い。しかし研究が示すのは、これが決して稀な経験ではなく、複雑な心理反応を生じさせるに足る出来事であり、ケアが意味を持つという事実だ [1,2,3,4]。
「乗り越える」という言葉を使う必要はない。記録するもしないも、覚えているも忘れたくなるも、その子の存在が自分の中に何らかの形で続いていることは変わらない。
References
- Quenby S, Gallos ID, Dhillon-Smith RK, et al. Miscarriage matters: the epidemiological, physical, psychological, and economic costs of early pregnancy loss. Lancet. 2021;397(10285):1658–1667. doi:10.1016/S0140-6736(21)00682-6. PMID: 33915094.
- Kersting A, Wagner B. Complicated grief after perinatal loss. Dialogues Clin Neurosci. 2012;14(2):187–194. doi:10.31887/DCNS.2012.14.2/akersting. PMID: 22754291.
- Cacciatore J. Stillbirth: patient-centered psychosocial care. Clin Obstet Gynecol. 2010;53(3):691–699. doi:10.1097/GRF.0b013e3181eba1e7. PMID: 20661053.
- Kingdon C, Givens JL, O'Donnell E, Turner M. Seeing and holding baby: systematic review of clinical management and parental outcomes after stillbirth. Birth. 2015;42(3):206–218. doi:10.1111/birt.12176. PMID: 26059536.
- Bennett SM, Litz BT, Sarnoff Lee B, Maguen S. The scope and impact of perinatal loss: current status and future directions. Prof Psychol Res Pr. 2005;36(2):180–187. doi:10.1037/0735-7028.36.2.180. [要出典確認: J Loss Trauma 版 vs. Prof Psychol 版、PMID 要確認]