リード
検査を受けた。「傾向はあるけれど、診断はつかない」と言われた。ではこれは何なのか。何も問題がないということか。支援を受けることはできないのか。学校でしんどそうにしているのは気のせいなのか。
「グレーゾーン」という言葉は、診断名が与えるほどの確定性もなく、「普通」と言い切れるほどの軽さもない。その位置にいる子を持つ保護者は、判断の根拠を持ちにくいままに、日常の対処を続けることになる。この記事では、グレーゾーンとは何か、診断の有無が何を変えて何を変えないか、そして記録が果たせる役割について整理する。
「グレーゾーン」は正式な診断名ではない
前提として確認しておく。「グレーゾーン」は DSM-5-TR にも ICD-11 にも存在しない概念だ。一般的には、「ASD または ADHD の診断基準のいくつかの項目を満たすが、すべてを満たすわけではない(閾値下)」か、「検査上は傾向を示すが日常生活の障害が現時点で確認しにくい」状態を指して使われる俗称に近い。
研究の文脈では「subthreshold ADHD」「subthreshold ASD」という表現が使われる。subthreshold ADHD については、閾値を満たさない児童が「機能的障害」を有するかどうかを系統的に検討した研究がある。複数のメタ分析を含む文献では、診断基準を満たさない subthreshold ADHD の子どもの相当割合が、家族機能・認知・対人関係・学業において有意な困難を示すことが報告されており、臨床的注意に値すると結論づけられている [要出典: subthreshold ADHD meta-analysis]。
ADHD については、Faraone ら(2015)による Nature Reviews Disease Primers の総説が、疫学・遺伝・神経生物学・診断・治療を包括的に整理している [1]。同論文は、診断的カットオフが本質的に連続体(continuum)の上に置かれた恣意的な線であることを示唆しており、「診断がつく/つかない」の二値に収まらない現象が存在することを研究者側も認識している。
有病率と「診断されていない子」の数
ASD の米国内有病率: ある時点またはある期間中に特定の疾患を持つ人の割合は、CDC の監視データ(Maenner ら、2023)で 1/36(約 2.8%、8 歳時点)と報告されている [2]。ADHD: 注意欠如・多動症。不注意・多動性・衝動性を特徴とする神経発達の状態の有病率については、世界的なメタ分析(Polanczyk ら、2014)が過去 30 年間のデータを統合し、診断基準や調査方法の差を統制すると有病率の真の増加は認められず、約 5〜7% という推定が安定していると述べている [3]。
日本でも有病率データは存在するが、診断を受けている子の割合は海外に比べて低い傾向があり、「診断されていないが困っている子」が一定数いることが専門家の間で議論されてきた。診断率の低さが即ち支援の欠如につながるかどうかは別問題だが、「診断なし」=「支援不要」という結論を直接導くことはできない。
診断は何を変えて、何を変えないか
診断を受けることの意義を正確に理解しておくと、グレーゾーンという位置の意味が明確になる。
診断が変えること:特別支援教育の対象・加配の申請・児童発達支援の利用・医療処方の可否など、制度的な支援へのアクセスが開く。学校や保育施設での理解を得やすくなることもある。
診断が変えないこと:その子の特性そのもの、日常でのつまずき方、その子に有効な対処の仕方、家族・本人の関係性。診断名がついた翌日から、子が変わるわけではない。
グレーゾーンの難しさは、「制度が開かない(診断がない)のに、困難が消えているわけではない」点にある。この状態に対して、研究が示す一つの方向性は、「診断名によってではなく、実際の機能レベルと困難に基づいて支援を設計する」ことだ [1,3]。診断名はラベルであって処方ではない。
行動頻度記録の臨床的価値
保護者が「グレーゾーン」の子に対してできることの中で、記録はとりわけ実践的な意義を持つ。
診断評価の場では、医師や心理士は保護者から聴取する行動の頻度・状況・経過を判断材料として使う。「すごく落ち着きがない」という印象よりも「1 週間のうち何日、どんな場面で、どの程度の時間続いたか」という記録のほうが、評価の精度に直接寄与する。
行動頻度記録は、診断の前でも後でも、また「診断がつかなかった後」でも有効だ。「先月と今月で何が変わったか」という縦の観察は、子の発達を追ううえで診断名の有無に依存しない。就学後に「実は幼児期からこういうパターンがあった」と気づいた支援者が、保護者の記録から根拠を得て支援方針を立てるケースは実際にある。
特に有用な記録の観点:
- 場面ごとの困難度: どんな状況(静かな場所・集団・切り替えの場面など)で困りやすいか
- 成功・適応のパターン: 何がうまくいくか。これはどんな支援が効くかのヒントになる
- 睡眠と生活リズム: 疲労や睡眠不足が症状を増幅させることは研究上も確認されている
- 「よかった日」の記録: 何が良い状態を作ったかを後から同定するために必要
レッテルなしの支援という考え方
「診断がないと支援できない」は制度上の制約であり、人間関係の制約ではない。家庭のなかで、「この子はこういう場面が苦手で、こういう声かけが有効」という理解に基づいて行動することは、診断名がなくても可能だ。
保育士や学校の担任に「診断はないけれど、こういう配慮があると助かる」と伝える際に、記録に基づいた具体的な情報があると、受け入れられやすくなる。「うちの子は特別じゃないか」という守りの構えではなく、「この子についてこれだけ知っている」という自信が、支援を引き出す力になる。
Memori のような記録アプリで、日常の困難パターンと成功パターンを蓄積しておくことは、医療・教育・保護者のあいだを橋渡しするデータになりえる。
まとめ
グレーゾーンとは、診断という制度の境界が生む位置であって、その子の困難の大きさを表すものではない [1,3]。診断の有無によって支援への道が変わる部分はあるが、子を日常的に観察し、記録し、その子に合った対応を探し続けるという行為は、診断名の前後を問わない。
診断は終着点ではなく、支援を設計するための情報のひとつだ。
References
- Faraone SV, Asherson P, Banaschewski T, et al. Attention-deficit/hyperactivity disorder. Nat Rev Dis Primers. 2015;1:15020. doi:10.1038/nrdp.2015.20. PMID: 27189265.
- Maenner MJ, Warren Z, Williams AR, et al. Prevalence and characteristics of autism spectrum disorder among children aged 8 years — autism and developmental disabilities monitoring network, 11 sites, United States, 2020. MMWR Surveill Summ. 2023;72(No. SS-2):1–14. doi:10.15585/mmwr.ss7202a1. PMID: 36952288.
- Polanczyk GV, Willcutt EG, Salum GA, Kieling C, Rohde LA. ADHD prevalence estimates across three decades: an updated systematic review and meta-regression analysis. Int J Epidemiol. 2014;43(2):434–442. doi:10.1093/ije/dyt261. PMID: 24464188.
- Subthreshold Autism and ADHD: a brief narrative review for frontline clinicians. Brain Sci. 2025;17(2):42. doi:10.3390/brainsci17020042. PMC12030661. [要出典確認: 著者名要追記]
- Hyman SL, Levy SE, Myers SM. Identification, evaluation, and management of children with autism spectrum disorder. Pediatrics. 2020;145(1):e20193447. PMID: 31843864.