リード
数日前まで普通に話していた子どもが、突然見知らぬ人のように振る舞い始めた。幻覚を訴える。激しく泣き叫ぶ。痙攣が起きた。救急を受診したが「原因不明」と言われ、精神科に回された。
このような経過が、自己免疫性脳炎の典型的な発症パターンのひとつだ。感染性脳炎とは異なる機序で起きるこの疾患は、2007年にDalmauらが「抗NMDA受容体脳炎」を記載するまで [1]、多くの症例が「原因不明の精神症状」として扱われてきた。早期に診断し適切な免疫療法を開始することが、予後を左右する。
自己免疫性脳炎とは何か
自己免疫性脳炎は、自己抗体: 免疫系が誤って自分の正常な細胞や組織を標的とみなして産生する抗体が脳の神経細胞を標的とすることで引き起こされる非感染性の脳炎だ。最もよく知られるのが、グルタミン酸受容体(NMDA受容体)に対する自己抗体が関与する「抗NMDA受容体脳炎」だ。
英国での脳炎の原因調査では、抗NMDA受容体脳炎は全脳炎の約4%を占め、特定できた原因の中では最多の自己免疫性脳炎となった [3]。これは感染性脳炎の一部に匹敵するほどの割合だ。
小児・青年での抗NMDA受容体脳炎は、Floranceらの研究で詳細に記述されており、女児に多い傾向がある(ただし成人ほど偏りは大きくない)[4]。成人女性では卵巣奇形腫との関連が重要だが、小児ではその頻度は低い。
臨床像 — 症状がどう展開するか
自己免疫性脳炎、特に抗NMDA受容体脳炎の典型的な経過には段階がある [1,2]。
前駆期(数日〜2週間): 発熱・頭痛・嘔吐などウイルス性疾患に似た非特異的症状。この段階では診断が困難なことが多い。
精神症状期: 急激な行動変化、幻覚(視覚性・聴覚性)、妄想的言動、不眠、激しい不安。この段階では精神科の問題と誤解されやすい。
運動症状・意識障害期: 不随意運動(口をもぐもぐさせる・手をこすり合わせるなど)、痙攣、自律神経症状(体温・血圧・心拍数の不安定)、意識レベルの低下。
症状が複数の系統にわたること、そして急激に進行することが、感染性脳炎や機能性精神疾患との鑑別点になる。
診断 — なぜ遅れるのか
自己免疫性脳炎の診断が遅れる最大の要因は、精神症状が先行することだ。急激な行動変化・幻覚・激しい感情の起伏は、初期に精神科へ紹介されることが多い。
診断の根拠になる検査は複数を組み合わせる。髄液検査(細胞数増加・タンパク増加)、MRI(辺縁系: 大脳の内側部に位置し、記憶・感情・自律神経を司る脳領域の異常信号)、脳波(異常波形、特異的なデルタブラシパターン)、そして抗体検査(髄液中の抗NMDA受容体抗体など)だ [2]。
抗体検査の結果が出るまでに時間がかかることもあり、臨床的に強く疑われる場合は結果を待たずに免疫療法を開始することも考慮される。診断から治療開始までの遅延が予後に影響するというデータがある [2]。
治療と予後
一次免疫療法として、ステロイドパルス・静注免疫グロブリン: 健常人の血液から精製した抗体製剤を点滴で投与し免疫を調整する治療法(IVIg)・血漿交換などが使われる。反応が不十分な場合、リツキシマブ: B細胞を標的にして自己抗体の産生を抑える生物学的製剤などの二次免疫療法が追加される。
小児の抗NMDA受容体脳炎での回復率は、適切な免疫療法によって約75〜80%が部分〜完全回復するとされる [4]。ただし回復には数ヶ月から1年以上かかることもある。
再発率は約12〜15%で、特にステロイドのみで治療した場合にリスクが高い [2]。回復後も長期フォローアップが必要だ。
保護者が知っておくべきこと
自己免疫性脳炎は希少疾患だが、「急激かつ多系統の変化」という特徴は、受診を急ぐための指標になる。
次の症状が数日〜数週間で現れた場合、神経内科・小児神経科への速やかな受診を検討する:
- 精神症状(幻覚・妄想・急激な人格変化)と運動症状が同時あるいは続けて現れる
- 痙攣が繰り返す
- 意識が変動する
- 体温・脈拍の異常が合わさる
「いつ・どの症状が最初に出て・どの順番で進行したか」の時系列記録は、神経科医が診断を組み立てる際の重要な情報だ。急変の渦中では記録する余裕がないことも多いが、振り返って書き残せる部分だけでも残しておく価値がある。自己免疫性脳炎は記録が診断に直接影響する疾患のひとつだ。
まとめ
自己免疫性脳炎は、抗体が脳の受容体を攻撃することで起きる非感染性の脳炎だ。急性発症の精神症状と運動症状の組み合わせが診断の鍵で、早期の免疫療法で多くが回復する。「原因不明の精神症状」と片付けず、神経科・小児神経科への相談を検討することが、この疾患への適切な向き合い方になる。
References
- Dalmau J, Tüzün E, Wu HY, et al. Paraneoplastic anti-N-methyl-D-aspartate receptor encephalitis associated with ovarian teratoma. Ann Neurol. 2007;61(1):25–36. doi:10.1002/ana.21050. PMID: 17262855.
- Dalmau J, Lancaster E, Martinez-Hernandez E, Rosenfeld MR, Balice-Gordon R. Clinical experience and laboratory investigations in patients with anti-NMDAR encephalitis. Lancet Neurol. 2011;10(1):63–74. doi:10.1016/S1474-4422(10)70253-2. PMID: 21163445.
- Granerod J, Ambrose HE, Davies NW, et al. Causes of encephalitis and differences in their clinical presentations in England. Lancet Infect Dis. 2010;10(12):835–844. doi:10.1016/S1473-3099(10)70222-X. PMID: 21030279.
- Florance NR, Davis RL, Lam C, et al. Anti-N-methyl-D-aspartate receptor (NMDAR) encephalitis in children and adolescents. Ann Neurol. 2009;66(1):11–18. doi:10.1002/ana.21756. PMID: 19670433.
- 日本神経学会・日本神経治療学会・日本神経感染症学会. 自己免疫性脳炎・辺縁系脳炎の診断ガイドライン(2017年版).
- Lancaster E. The diagnosis and treatment of autoimmune encephalitis. J Clin Neurol. 2016;12(1):1–13. doi:10.3988/jcn.2016.12.1.1. PMID: 26754777.