リード
10年分の家族アルバムを開いてみると、ある事実に気づく。子どもの写真は何百枚もある。配偶者を撮った写真もある。しかし「自分が写っている写真」が極端に少ない——特に、家族写真の撮影を担ってきた親の側に。
この非対称性は、記録の欠落であると同時に、その人が「家族の記憶を作る側」にいたという事実を物語る。
10年分の家族アルバムを開いてみると、ある事実に気づく。子どもの写真は何百枚もある。配偶者を撮った写真もある。しかし「自分が写っている写真」が極端に少ない——特に、家族写真の撮影を担ってきた親の側に。
この非対称性は、記録の欠落であると同時に、その人が「家族の記憶を作る側」にいたという事実を物語る。