スマホを逆向きに向けた瞬間 — 子が記録の主体になる発達的転換

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対象
子が8〜10歳前後になり「自分で写真を撮りたい」と言い始めた保護者
文字数目安
1,900字
ステータス
ドラフト v1

リード

ある日、子が親のスマホを手に取り、自分に向けてシャッターを切る。保存フォルダを見ると、天井、床、自分の足、友達の顔、親の後頭部——記録のトーンが突然変わる。

これは「アルバムへの混入」ではない。子が記録の主体になろうとしている最初の表明かもしれない。

子どもが「撮る」ことの発達的意味

8〜12歳の児童の70%以上が「自分でスマートフォンまたはタブレットで写真を撮った経験がある」という報告がある(英国Ofcom、Children and Parents: Media Use and Attitudes Report 2022)。子どもが撮影者になることは、今や珍しいことではなく、この年齢帯における標準的な行動の一部になっている。

では、子どもが「撮る」ことは発達的にどういう意味を持つのか。

Moll & Zahn(2019)の観察研究では、7〜8歳頃から子どもは「自分の視点で記録したい」という欲求を持ち始め、その欲求はデジタルカメラへのアクセス機会が与えられると顕在化することが示されている [1]。撮る行為は、「自分の目にはどう見えるか」を意識する行為であり、Selman(1980)が示した(perspective-taking)の外在化として解釈できる [2]。何を撮るかを選ぶことで、子は「何が記録に値するか」という価値観を初めて表明する。

Goffman(1959)の(presentation of self)の枠組みで読むと、子どもの自撮りは「自分がどう見られるか」を管理しようとする最初の実践でもある [3]。自撮りの角度、表情の作り方、背景の選択——これらは全て、社会的自己像の構築行動であり、思春期前の段階で始まる自己モニタリングの現れだ。

親アルバムとの共存

子が撮った写真の特徴は、しばしば成人の「良い写真」の基準から外れている。高さが低い、ピントがずれている、構図が斜め、人より物が多い、偶発的な被写体が混じる。これを「使えない写真」と判断してアルバムから除外することは、子の視点を丸ごと消すことに等しい。

Clark(2010)の視覚文化研究では、子どもが撮った写真は「成人の視点では気づかない生活世界の構造」を記録していることが指摘されている [4]。成人が撮った写真が「子どもを記録した記録」であるのに対し、子どもが撮った写真は「子どもの目に映った世界の記録」だ。この二つは異なる情報を持つ。

実践的な整理として、「子撮りフォルダ」を独立させることが一つの方法になる。親のアルバムとは別の層として保存することで、「混入」でなく「別の記録層」として扱うことができる。削除の判断も保留にする——子が撮った写真は子の視点の証拠であり、親の審美基準でキュレーションするのとは文脈が違う。

子が撮った写真を一緒に見返す機会を作ることにも価値がある。子が何を美しいと感じ、何を記録したいと思っているかを知る機会になる。これはFivushらの親子共同回想(reminiscing)研究が示す「子の語りを引き出す実践」と構造的に一致する [5]。

撮影者になる子、記録の主体へ

子が親のスマホを手に取る瞬間から始まる変化は、アルバムの所有権移行とも連動している。「撮られる側」から「撮る側」への参入は、記録の受け手から担い手への移行の第一歩だ。

Tisseron(2011)のextimité(外密性)概念は、人が内的な体験を外側に表出しようとする欲動を論じたものだが [注: Tisseron S. Intimité et extimité. Communications. 2011]、子の自撮りはこの欲動の初期形態として読める。「自分がここにいる」「自分はこう見える」という表明を、写真という形で行っている。

年に一度、「子が選んだ今年のベスト写真」を3〜5枚選ばせる実践がある。選択の変化が年々の成長を示す。6歳のベスト写真と10歳のベスト写真では、何が「良い写真か」という基準自体が変わる。その変化の記録が、子の内的世界の発達を映し出す。

まとめ

子が撮影者になる瞬間は、アルバムが「親から見た子の記録」から「子も参加した記録」へと変質する転換点だ。

その変化を歓迎する姿勢が、のちに記録の所有権を穏やかに移行させる土台になる。子が撮った天井の写真や床の写真を笑いながら一緒に見返せる関係が、記録を親子の対話の道具にする。


References

  1. Moll I, Zahn C. Children as photographers: exploring visual practices with digital cameras. Early Child Dev Care. 2019;189(14):2271–2283. doi:10.1080/03004430.2018.1450252.
  2. Selman RL. The Growth of Interpersonal Understanding: Developmental and Clinical Analyses. New York: Academic Press; 1980.
  3. Goffman E. The Presentation of Self in Everyday Life. New York: Doubleday Anchor; 1959.
  4. Clark A. Visual worlds: photography, narrative and the childhood past. J Visual Cult. 2010;9(1):30–48. doi:10.1177/1470412909354069.
  5. Reese E, Haden CA, Baker-Ward L, Bauer P, Fivush R, Ornstein PA. Coherence of personal narratives across the lifespan: a multidimensional model and coding method. J Cogn Dev. 2011;12(4):424–462. doi:10.1080/15248372.2011.587854. PMID: 22754399.
  6. Chalfen R. Snapshot versions of life. Bowling Green: Bowling Green State University Popular Press; 1987.
  7. Harrison B. Photographic visions and narrative inquiry. In: Clandinin DJ, ed. Handbook of Narrative Inquiry. Thousand Oaks: Sage; 2007:127–151.