リード
産後の性生活について、育児書が沈黙するのには理由がある。書きにくい、読む側が構える、言葉を選び誤ると傷つけてしまう——そうした配慮が重なって、多くの親が実際に経験していることが言語化されないまま積み重なる。
本稿は、産後のセクシュアリティを扱った縦断研究の知見を、研究者の言葉で整理することを目的とする。特定の「あるべき姿」を示すのではなく、データが何を示し、何を示していないかを誠実に記述することが、この記事の存在理由だ。
縦断研究が示した回復の軌跡
出産後の性機能の変化については、Barrett らが 2000 年に BJOG に発表した横断研究が、この分野の重要な基礎資料のひとつとなっている [1]。484 人の初産女性を対象に、出産 6 ヶ月後の性的健康を調査した同研究では、83% の女性が産後 6 ヶ月以内に性交渉を再開していた一方で、83% が産後に何らかの性的問題(dyspareunia: 性交時の痛みを意味する医学用語。日本語では「性交痛」と訳され、産後や更年期に多い症状、欲求の低下、性交痛など)を経験したと報告した [1]。
この数字が意味するのは、産後に性的な困難を感じることが「特殊な例外」ではなく、大多数の女性が経験する標準的なプロセスの一部だということだ。問題は困難それ自体ではなく、その困難が語られないままにされること、そしてパートナーとの間で誤解を生じさせることにある。
O'Malley らが 2018 年に発表した MAMMI study(アイルランドの初産女性の前向きコホート)では、産後 6 ヶ月時点で dyspareunia(性交痛)を経験した女性が 43.5%、産後 12 ヶ月時点でも 31.5% に残存していた [2]。時間経過とともに改善する傾向はあるが、「産後 6 週で元に戻る」という感覚的な期待とはかけ離れた実態が数字として示されている。
生理学的背景:授乳とエストロゲン
母乳育児をしている場合、性機能への生理学的な影響がある。
授乳中はプロラクチン: 乳汁の分泌を促す下垂体ホルモン。授乳期に高く維持され、副作用として排卵やエストロゲン産生を抑えるの分泌が高く維持され、それがエストロゲン: 代表的な女性ホルモンのひとつ。腟粘膜の潤いや厚みの維持にも関わり、低下すると萎縮や乾燥が起こりやすいの産生を抑制する。エストロゲンの低下は腟粘膜の萎縮、潤滑の減少、組織の過敏性増大をもたらす。これが性交痛の主要な生理学的基盤のひとつだ。
Leeman と Rogers が 2012 年に Obstetrics & Gynecology に発表したレビューは、産後の性機能に影響する因子として、出産様式(会陰裂傷・会陰切開の有無)、授乳形態(母乳 vs 人工乳)、産後うつ症状、パートナーとの関係の質を挙げており、それらが複合的に作用することを示している [3]。
授乳と性機能の関係は、一方を取れば他方が犠牲になるという単純なトレードオフではない。しかし「なぜ授乳中は欲求が低下することがあるのか」の生理学的説明を持っておくことは、当事者にとっても、パートナーにとっても、体験を言語化するための助けになる。
会陰部の回復と心理的影響
経腟分娩: 帝王切開ではなく、産道(腟)を通って赤ちゃんが生まれる通常の出産方法を指す医学用語を経た場合、会陰: 外陰部と肛門のあいだの部分。分娩時に裂けたり切開(会陰切開)されたりすることがあり、産後の回復で痛みやしびれが残ることがある部の回復には個人差が大きく、縫合を要した裂傷の程度によってさらに異なる。性交再開時の痛みは、組織の回復と直接関係するが、それと同時に「また痛かったらどうしよう」という予期不安が心理的な回避を生む場合もある。
身体的な回復と心理的な準備が同期するとは限らない。外見上は回復しているように見えても、心理的な準備が追いついていない場合、それは性欲の低下や性交回避として現れることがある。これは「意欲の問題」ではなく、心理的な防衛機制として理解できる。
パートナーシップへの影響
性的な変化が、パートナーシップそのものに影響するかどうかは、重要かつ複雑な問いだ。
直線的な「性生活の質 → 関係満足度」の因果は成立しない。研究が示すのは、性的な変化をパートナーと率直に話し合えている場合と、黙ったまま双方が別々の解釈をしている場合とで、関係満足度の影響が異なるということだ。性的接触の頻度よりも、その変化についての双方向のコミュニケーションの質が、関係への影響を媒介する要因として繰り返し指摘されている [3]。
産後の性機能の変化は、どちらかの問題でも、どちらかの責任でもない。それは出産と育児という身体的・心理的プロセスが、性的領域にも波及するという、ある種の必然だ。
行動レベルへの落とし込み
研究知見から、実際の生活に引き出せることをいくつか挙げる。
まず、「いつ元に戻るか」というフレームを手放すこと。産後の性機能は「元」に戻るのではなく、出産という経験を経た身体と心の上に、新しいかたちで構成される。その新しいかたちを探索することが、回復という概念より実態に近い。
次に、性交痛が持続する場合は婦人科に相談すること。エストロゲン低下による腟萎縮には、局所的な対処(保湿剤、局所エストロゲン剤など)が有効な場合があり、我慢で解決する問題ではない。
また、性的なコミュニケーションを「性行為の有無」に限定しないこと。身体的な接触、感情的な親密性、言語的な表現はそれぞれ独立して関係の質に寄与する。産後に性行為が変化した時期に、別の接触形態が補完的に機能することは研究からも示唆されている。
まとめ
産後の性的機能の変化は、大多数の保護者が経験する生理学的・心理学的プロセスだ [1,2]。その背景には、エストロゲン低下、組織の回復、育児疲労、そして心理的な変化が複合的に関与している [3]。
それを個人の欠如や関係の問題として帰属させず、身体と心のプロセスとして理解することが、不要な自責と誤解を減らす。研究が示す事実はシンプルだ——こうした変化を経験しているのは、あなただけではない。
References
- Barrett G, Pendry E, Peacock J, Victor C, Thakar R, Manyonda I. Women's sexual health after childbirth. BJOG. 2000;107(2):186–195. doi:10.1111/j.1471-0528.2000.tb11689.x. PMID: 10688502.
- O'Malley D, Higgins A, Begley C, Daly D, Smith V. Prevalence of and risk factors associated with sexual health issues in primiparous women at 6 and 12 months postpartum; a longitudinal prospective cohort study (the MAMMI study). BMC Pregnancy Childbirth. 2018;18(1):196. doi:10.1186/s12884-018-1838-6. PMID: 29855357.
- Leeman LM, Rogers RG. Sex after childbirth: postpartum sexual function. Obstet Gynecol. 2012;119(3):647–655. doi:10.1097/AOG.0b013e3182479611. PMID: 22353966.
- Banaei M, Azami M, Dastjerdi M, Valizadeh R. Prevalence of postpartum dyspareunia: a systematic review and meta-analysis. Int J Gynaecol Obstet. 2021;153(1):10–22. doi:10.1002/ijgo.13523. PMID: 33300122.
- Cappell J, Pukall CF. Postpartum sexuality: a review of what factors affect sexuality after giving birth. J Sex Reprod Med. 2021;1(1):5–18.
- Byrd JE, Hyde JS, DeLamater JD, Plant EA. Sexuality during pregnancy and the year postpartum. J Fam Pract. 1998;47(4):305–308. PMID: 9789527.