リード
保育園のお迎えから帰宅する時間帯、あるいは夕食の準備をしている 17〜18 時頃、子どもが突然泣き崩れたり、ちょっとしたことに激しく反応したりする。朝は元気だったのに、特に何かあったわけでもないのに、夕方だけ別人のように不機嫌になる。
「疲れているからだ」と親は感じるが、「疲れているのに」なぜこれほど激しく泣くのかはよくわからない。叱っても収まらず、なだめても収まらず、夕飯を食べると少し落ち着く——そういうパターンに心当たりのある保護者は多いはずだ。
これを「コリック(黄昏泣き)」と混同することがある。コリックは生後 3〜4 ヶ月頃に特有の、原因不明の激しい泣きだ(既存記事 16 参照)。1〜2 歳の夕方の崩れは、コリックとは別の、生理学的に説明できる現象だ。
生後 1 年以降のコルチゾール日内リズム
鍵になるのは、コルチゾール: 副腎皮質から分泌されるストレスホルモンで、日中の活動・ストレス応答・炎症制御などに関与する(cortisol)の日内変動だ。
コルチゾールは副腎皮質から分泌されるホルモンで、HPA軸: 視床下部—下垂体—副腎の連携によってコルチゾール分泌を調節するストレス応答システム(視床下部—下垂体—副腎系)によって調節される。成人では、コルチゾールは起床直後に最高値をとり、日中を通じて緩やかに低下し、就寝前には最低値に近づく。この低下傾向が健全な日内リズム(サーカディアンリズム: 約24時間周期で繰り返す生体の概日リズムで、睡眠・体温・ホルモン分泌などを調節する)の正常なパターンだ。
乳幼児ではこのリズムの確立に時間がかかる。生後数週間は日内変動がほとんどなく、生後 3〜6 ヶ月頃から徐々に成人に近い日内リズムが形成される。しかし、1〜2 歳の幼児においても、このリズムは成人ほど安定しておらず、外的な要因によって容易に乱される。
Gunnar & Donzella(2002)は、乳幼児期の HPA 軸調節に関する縦断的証拠を総括したレビューで、早期の養育環境が HPA 軸の社会的調節に大きく影響することを論じている [1]。同レビューは、乳幼児期のコルチゾール調節が「社会的調節の中に組み込まれている」とし、養育者の存在と質が HPA 軸の反応性を直接緩衝することを示す研究を多数引用している [1]。
保育施設でのコルチゾール上昇という現象
Watamura ら(2003)は、インファント(平均月齢 10.8 ヶ月)20 名とトドラー(平均月齢 29.7 ヶ月)35 名を対象に、保育施設での日中と家庭での唾液コルチゾールを比較した [2]。
結果は、家庭では午前から午後にかけてコルチゾールが低下するパターン(正常なサーカディアン低下)を示した乳幼児の多くが、保育施設では逆に午前から午後にかけてコルチゾールが上昇するパターンを示した [2]。具体的には、保育施設において、乳児の 35%、幼児の 71% が午前から午後にかけてのコルチゾール上昇を示した [2]。
この「施設でのコルチゾール上昇」は何を意味するか。保育施設は、同年齢の複数の子どもとの社会的相互作用、活動の連続、感覚的な刺激が重なる環境だ。これがストレスシステムを継続的に活性化し、本来なら低下するはずのコルチゾールが上昇したままになる。
夕方に迎えに行く時、子どもはこの「コルチゾールの高い状態」から家庭という安全な場所に戻ってくる。しかし、HPA 軸の興奮が沈静化するには時間がかかる。加えて、帰宅後は空腹、移動の疲労、親との再会による感情的な解放が重なる。この複数の要因が交差する時間帯が、夕方の崩れやすい時間と一致するのは偶然ではない [1,2]。
疲れは「気持ちの問題」ではない
「疲れているから」という直感的な説明は正しい。ただし、ここでいう疲れは精神的なものだけではなく、生理的なストレス負荷の累積だ。
幼児の自己調節能力(感情の制御)はまだ発達の途上にある。コルチゾールが高い状態では、前頭前皮質による感情制御が効きにくくなる。小さなことに激しく反応する、なだめが効かない、という行動は、この生理的な状態の反映として理解できる。
空腹も無視できない。血糖値の低下は気分の不安定化を招く。幼児は血糖の維持能力が大人より低く、食事の間隔が長くなると不機嫌になりやすい。これはコルチゾールリズムとは別の、独立した要因だ。
「夕方崩れ」は意地悪でもわがままでもなく、生理的な状態が行動に出ているだけだ。この理解があるだけで、対応の仕方が変わる。
行動レベルへの落とし込み
完全に解決する方法はないが、理解から出発できる対応はある。
帰宅直後の静かな移行時間。 保育施設から帰ってきた子どもは高い生理的興奮状態にある。帰宅直後にすぐ遊ばせたり、外出したりするよりも、穏やかな再会の時間(抱っこ、静かな空間)が HPA 軸の沈静化を助ける可能性がある [1]。
早めの夕食または補食。 帰宅から夕食まで 1 時間以上かかる場合、軽い補食(果物、おにぎりなど)を挟むことで血糖の谷を補う。
外的な刺激の低減。 帰宅後にテレビ等の刺激が多い環境に置くと、すでに高い興奮状態がさらに高まる可能性がある。
育児記録アプリで夕方の状況(帰宅時刻、補食の有無、崩れた時刻)を 2〜3 週間記録すると、自分の子のパターンが見えてくることがある。パターンが見えると、対策の手がかりになる。
まとめ
1〜2 歳の夕方の崩れは、保育施設での生理的ストレス負荷(コルチゾール上昇)、空腹、自己調節能力の未成熟、感情的解放が交差する時間帯に起きる複合的な現象だ [1,2]。コリックとは別物であり、1 歳以降にも起きうる。
「疲れ」を生理学的に理解すると、しつけの問題ではなく体の問題として対応できる。穏やかな再会の時間と血糖の維持が、まず試せる実践的な手がかりだ。
References
- Gunnar MR, Donzella B. Social regulation of the cortisol levels in early human development. Psychoneuroendocrinology. 2002;27(1–2):199–220. doi:10.1016/S0306-4530(01)00045-2. PMID: 11750779.
- Watamura SE, Donzella B, Alwin J, Gunnar MR. Morning-to-afternoon increases in cortisol concentrations for infants and toddlers at child care: age differences and behavioral correlates. Child Dev. 2003;74(4):1006–1020. doi:10.1111/1467-8624.00583. PMID: 12938695.
- Tarullo AR, Gunnar MR. Child maltreatment and the developing HPA axis. Horm Behav. 2006;50(4):632–639. doi:10.1016/j.yhbeh.2006.06.010. PMID: 16876168.
- de Weerth C, Buitelaar JK. Physiological stress reactivity in human pregnancy — a review. Neurosci Biobehav Rev. 2005;29(2):295–312. doi:10.1016/j.neubiorev.2004.10.005. PMID: 15811497.
- Granger DA, Kivlighan KT, Blair C, El-Sheikh M, Mize J, Lisonbee JA, et al. Integrating the measurement of salivary alpha-amylase into studies of child health, development, and social relationships. J Soc Pers Relat. 2006;23(2):267–290. doi:10.1177/0265407506062479.