リード
「ゆうたもやる!」。2 歳児が自分のことを自分の名前で呼ぶ。大人の会話の感覚からすると少し不思議な表現だが、保育の場や家庭でごく普通に観察される。そしてしばらくすると、「わたしもやる」「ぼくもやる」に置き換わっていく。
この移行は偶然でも「しつけが足りない」からでもない。自己概念と一人称代名詞の獲得が連動する発達上の通過点であり、自分という存在を外側から観察する認知能力が内側からの視点に移行するプロセスの表れだ。育児書ではほとんど触れられないが、発達心理学の研究が長年追ってきたテーマである。
「自分を名前で呼ぶ」とはどういうことか
乳幼児が自分を名前や「ゆうたちゃん」のような三人称形で呼ぶ現象を、発達研究者は「三人称的自己参照(third-person self-reference)」と呼ぶ。これは一時的な誤学習ではなく、自己概念が発達する過程で機能的に意味を持つ段階として位置づけられる。
鏡像認識(mirror self-recognition)の研究が、この理解への手がかりを与えてくれる。Lewis と Ramsay(2004)は、生後 15、18、21 ヶ月の乳幼児 66 名を縦断的に追跡し、鏡像認識: 鏡に映った自分の姿を自己として認識する能力で、自己概念の発達指標となる(鏡での自己認識)と一人称代名詞使用、ふり遊びの三者の関係を検討した [1]。
結果は明確だった。鏡で自分を認識できた子どもは、そうでない子どもに比べて一人称代名詞(「わたし」「ぼく」)の使用が多く、より高度なふり遊びを示した [1]。また、これらの能力は 18 ヶ月前後に一緒に出現する傾向があり、著者らは「2 年目の中頃に、自己のメタ表象が出現する」と結論づけている [1]。
重要なのは、この「自己のメタ表象」が確立される前後の子どもが、一人称代名詞を安定して使う準備ができていないということだ。自分のことを「ゆうた」と呼ぶのは、まだ「わたし」という内側からの視点が十分に安定していないからだと考えることができる。
一人称代名詞の習得は難しい
一人称代名詞(「わたし」「ぼく」「おれ」など)の習得が、なぜ難しいのかは理由がある。「椅子」「犬」のような名詞と違い、一人称代名詞は話し手によって指示対象が変わる「シフトする参照語(shifting reference)」だからだ。「わたし」は話している自分を指すが、相手が話せば相手が「わたし」になる。この柔軟な切り替えを理解するには、他者の視点を自分のものと区別できる認知能力が必要になる [2]。
Tomasello(1995)は、一人称代名詞の安定した使用が、共同注意: 自分と他者が同じ対象に同時に注意を向けて共有する能力で、言語・社会発達の基礎となる(joint attention)や他者を意図的エージェントとして理解する能力の発達と密接に結びついていると論じている [2]。一人称代名詞の使用は言語の問題であると同時に、自己と他者の区別という社会認知の問題でもある。
この文脈で考えると、2 歳前後の子どもが「ゆうたはいやだ」と言う場面は、「わたしはいやだ」という内面的な表現への移行過程にあると見ることができる。三人称的な自己参照は、一人称視点の先行形態なのかもしれない。
2〜3 歳での頻発と、その後の変化
三人称的自己参照は 2 歳頃に頻繁に観察され、3 歳に向かうにつれて一人称代名詞の使用に置き換わっていく。
Lewis & Ramsay(2004)が記述した、鏡像認識・一人称代名詞・ふり遊びの連動発達は、いずれも 18 ヶ月〜24 ヶ月にかけて大きく変化する [1]。この時期に「自己のメタ表象」が形成されると、「わたし」という内側からの視点が安定してくる。
一人称代名詞が安定して使われるようになると、三人称的な自己参照は自然に減少する。これは親がわざわざ訂正しなくても進む発達的なプロセスだ。むしろ、このプロセスを急かすことに発達的な利点があるという証拠は現時点では見当たらない。
なお、3 歳を過ぎても自分のことを名前でのみ呼び、一人称代名詞をほとんど使わない場合や、代名詞の反転(「あなた」を自分のこととして使う等)が顕著な場合は、言語発達や社会的コミュニケーションの専門家に相談することを検討してもよい。これは、ASD: 社会的コミュニケーションの困難と反復的な行動パターンを特徴とする発達障害の総称(初出)(自閉スペクトラム症)の言語的特徴のひとつとして研究されている領域でもあるからだ。
自己意識の芽生えとして記録する
この時期の子どもの発話は、発達の観察記録として価値がある。「〇〇もやる」という三人称参照から「わたしもやる」への変化が、家庭の会話記録の中にあれば、それは一人称視点の確立という認知的な節目を映している可能性がある。
記録する際のひとつの視点として:何月ごろから一人称代名詞が現れ始めたか、どのような文脈で安定して使われるようになったか、を書き留めておくと、この発達的移行を後から振り返りやすくなる。
まとめ
子どもが自分のことを名前で呼ぶのは、一人称視点が確立される前の発達的な段階の表れだ。Lewis & Ramsay(2004)が示したように、鏡像認識・一人称代名詞・ふり遊びは 18 ヶ月前後に連動して発達し、「自己のメタ表象」の出現を示している [1]。2〜3 歳にかけて一人称代名詞が安定すると、三人称的な自己参照は自然に減っていく。
訂正するよりも、観察するほうが、この時期の発達を豊かに理解できる。
References
- Lewis M, Ramsay D. Development of self-recognition, personal pronoun use, and pretend play during the 2nd year. Child Dev. 2004;75(6):1821–1831. doi:10.1111/j.1467-8624.2004.00819.x. PMID: 15566382.
- Tomasello M. Joint attention as social cognition. In: Moore C, Dunham PJ, editors. Joint attention: Its origins and role in development. Lawrence Erlbaum Associates; 1995. p. 103–130.
- Budwig N. The linguistic marking of agentivity and control in child language. J Child Lang. 1989;16(2):263–284. doi:10.1017/S0305000900010400. PMID: 2793635.
- Charney R. Pronoun errors in autistic children: Support for a social explanation. Br J Disord Commun. 1980;15(1):39–43. doi:10.3109/13682828009011492. PMID: 7426055.
- Diesendruck G, Shatz M. Two-year-olds' recognition of hierarchies: evidence from their interpretation of the semantic properties of novel words. Child Dev. 2001;72(5):1675–1681. doi:10.1111/1467-8624.00368. PMID: 11699014.