食品添加物の都市伝説解体 — 亜硝酸塩、リン酸塩、保存料

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対象
乳幼児の食事を管理する保護者
文字数目安
2,200字
ステータス
ドラフト v1

リード

「ハムには発がん性がある」「リン酸塩は腎臓に悪い」「保存料は体に蓄積する」——育児メディアやSNSでこうした言説に接したことのある人は多いだろう。これらはまったくの嘘ではない。だが文脈を取り除いたまま流通しているために、現実のリスクとは大きくかけ離れた恐怖を生んでいる。

本記事では、代表的な添加物に関する「都市伝説」を、それぞれの根拠となった一次資料に立ち返りながら解体する。前提となるリスク評価の枠組み(ADI、NOAEL、安全係数)については、本シリーズの基礎記事(記事101)を参照してほしい。


亜硝酸塩と IARC Group 1 — 証拠の強さはリスクの大きさではない

ハム・ソーセージなどの加工肉が「発がん性物質」として語られる際に根拠とされるのは、2015年に国際がん研究機関(IARC)が発表した評価だ。IARC は22か国の専門家を集め、800件超の疫学研究を検討した結果、加工肉をグループ1(ヒトに対して発がん性がある)に分類した [1]。この発表は大きく報道され、「ハムはタバコと同じグループ」という言説が広まった。

ただし、この分類が意味するのは証拠の強さであって、リスクの大きさではない。IARCのグループ分類は「その物質ががんを引き起こすという証拠がどれほど確実か」を示すものであり、日常的な摂取量でどれほどのリスクが増加するかを直接示すものではない [1,2]。

同評価によれば、加工肉を1日50 g摂取するごとに大腸がんリスクが約18%上昇するという推定がある [1]。これを絶対リスクで見ると、大腸がんの生涯罹患リスクが約5〜6%から6%弱に増加する程度の変化だ。同じグループ1には日光暴露や飲酒も含まれるが、それらとのリスクの大きさは大きく異なる。

乳幼児の食事に加工肉が毎日大量に含まれることはまれであり、親が乳幼児向けに「発がん物質だから一切排除」と過度に構える必要はない。一方で、大人の食事として週に複数回大量に摂取する習慣があるなら、多様な食品構成を意識することには根拠がある。


リン酸塩と腎機能 — 対象集団の読み違い

リン酸塩は保存・結着・pH調整を目的にハム・チーズ・清涼飲料水などに広く使われる。「リン酸塩が腎臓を壊す」という言説の背景には、腎機能障害患者においてリン摂取量と心血管イベントや死亡リスクの間に相関が報告された研究がある [3]。

問題は、この知見を健常な乳幼児に直接適用することだ。食品由来のリン酸塩(有機リン)と食品添加物由来のリン酸塩(無機リン)では腸管吸収率が異なり、成人慢性腎不全患者を対象とした研究の結論を、腎機能が正常な乳児に外挿することには根拠がない [3]。

はリン酸類の食品添加物としてのを70 mg/kg体重/日としており、実際の食事からの摂取量がこれを超えることは通常想定されない。リン酸塩を含む食品が乳幼児の食事に占める割合が相対的に小さいことも、過度な懸念を和らげる事実だ。


安息香酸ナトリウム+ビタミンC=ベンゼン — 規模感の話

「ジュースに添加された安息香酸ナトリウム(保存料)とビタミンCが反応してベンゼンが生成する」という指摘は、化学的に正確だ。安息香酸イオンがアスコルビン酸の存在下で酸化的条件を経てベンゼンを生成しうることは実験的に確認されている。問題は「どれくらいの量か」だ。

米国FDA は2005〜2007年にかけて約200品目の飲料を調査し、10品目でEPAの飲料水基準(5 ppb)を超えるベンゼンを検出した [4]。ただし、これらは高温・強光照射という悪条件下での測定に相当するケースが多く、検出された製品はその後、製法変更または販売中止となった [4]。大半の製品では検出量は5 ppb 未満であり、FDAは「現時点の検出値は安全上の懸念を示さない」と結論した [4]。

乳幼児が日常的に大量の清涼飲料水を摂取すること自体が別の観点から推奨されないが、親が「保存料+ビタミンCが入った飲料は即有害」と恐怖するほどのリスクは示されていない。


防かび剤(OPP・TBZ・イマザリル)— 輸入柑橘類の表示を読む

輸入柑橘類の皮に使用されるオルトフェニルフェノール(OPP)、チアベンダゾール(TBZ)、イマザリルは、かびの防止を目的とした食品添加物として日本でも認可されている。これらは「農薬」ではなく「食品添加物」として管理されており、使用された場合には表示義務がある。

EFSAをはじめとする機関が設定したADIの範囲内で管理されているが、乳幼児に輸入柑橘類の皮ごと食べさせる機会は少ない。主な暴露経路は皮であるため、果肉を食べる際の暴露量は大幅に低下する。防かび剤が表示されている果実の皮を使う場合(マーマレード製造など)は、まずよく洗浄することが一般的な対策として推奨される。「表示がある=危険」ではなく「表示がある=管理されている」という読み方が正確だ。


行動レベルへの落とし込み

都市伝説の特徴は、本物の研究を起点としながら、対象集団・用量・絶対リスクという文脈を取り除いて流通することにある。以下の問いを持つことで、情報の解像度は上がる。

乳幼児の食事は多様性と適量が基本であり、特定の添加物を名指しして「絶対に排除」という方針は、食事の多様性を損なうコストと引き換えに得られるリスク低減が極めて限定的になりやすい。


まとめ

IARC の分類は証拠の確実性を示すものであり、日常的なリスクの大きさと混同されやすい。リン酸塩の腎機能への影響研究は慢性腎不全患者を対象としており、健常な乳幼児への外挿には根拠がない。ベンゼン生成は化学的に起きうるが、現実の飲料中の濃度は大半の製品で規制値を下回る。リスクを正確に読むには、物質名ではなく「誰に」「どれだけ」という文脈が不可欠だ。


References

  1. Bouvard V, Loomis D, Guyton KZ, et al; International Agency for Research on Cancer Monograph Working Group. Carcinogenicity of consumption of red and processed meat. Lancet Oncol. 2015;16(16):1599–1600. doi:10.1016/S1470-2045(15)00444-1. PMID: 26514947.
  2. International Agency for Research on Cancer. Red Meat and Processed Meat. IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans, Vol. 114. Lyon: IARC; 2018. PMID: 29949327.
  3. Uribarri J, Calvo MS. Dietary Phosphorus Excess: A Risk Factor in Chronic Bone, Kidney, and Cardiovascular Disease? Adv Nutr. 2013;4(5):542–544. doi:10.3945/an.113.004234. PMC3771143.
  4. US Food and Drug Administration. Questions and Answers on the Occurrence of Benzene in Soft Drinks and Other Beverages. FDA; 2007. https://www.fda.gov/food/environmental-contaminants-food/questions-and-answers-occurrence-benzene-soft-drinks-and-other-beverages
  5. EFSA Panel on Food Additives and Nutrient Sources added to Food (ANS). Scientific Opinion on the re-evaluation of the safety of the food additive ortho-phenylphenol (OPP, E 231). EFSA Journal. 2012;10(3):2595. doi:10.2903/j.efsa.2012.2595.
  6. JECFA (Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives). Summary and conclusions of the seventy-third meeting. WHO Food Additives Series. Geneva: WHO; 2011.