リード
「便が緩い気がするけれど、これは下痢なのか」「固すぎる気がするけれど、便秘と言えるのか」——便の形状や固さをどう評価すればよいか、多くの保護者が曖昧なまま判断している。
医療の場では便の性状を標準化するために「尺度」が使われる。成人向けには Bristol Stool Form Scale(BSFS) が広く知られているが、この尺度には根本的な問題がある。母乳便・人工乳便・離乳食期の便を的確に分類できる設計になっていないのだ。
本稿では、乳幼児向けに開発された BTISS(Brussels Infant and Toddler Stool Scale) という尺度を紹介しながら、「この子の便は正常範囲か」という問いに答えるための枠組みを整理する。
Bristol Stool Scale の限界
Lewis と Heaton が 1997 年に発表した Bristol Stool Form Scale は、成人の便を 1(コルク状の硬い塊)から 7(水様便)の 7 段階に分類し、各タイプの形状写真を示した尺度だ [1]。大腸通過時間と便の形状が強く相関することを示し、現在も世界的に臨床・研究で広く使われている。
しかし問題がある。この尺度は成人の排便を想定して作られており、おむつの中に排泄される乳幼児の便を分類するためには設計されていない。
具体的には:
- 母乳栄養児の便は、生後数週間は黄色の水様〜糊状が「正常」だが、Bristol の 7 型(水様便)に当てはめると「重篤な下痢」に見える。
- 人工乳(ミルク)栄養児の便は母乳栄養児より固くなりやすいが、その正常範囲がカバーされていない。
- 離乳食開始後、繊維摂取が増えることで形状が変化するが、その移行期の多様性が反映されていない。
- おむつの中で広がった便の形状は、トイレに排泄された成人の便と形状の見え方が根本的に異なる。
Bekkali らがアムステルダム乳児便スケール(Amsterdam Infant Stool Scale)を開発した際に示したように、BSS は toilet-trainedでない乳幼児への適用には構造的な限界があり、保護者による評価の一致率も低い [2]。
BTISS の開発 — Ghent 大学 Vandenplas グループ
この問題を解決するために、ベルギーの Ghent 大学・Vandenplas らが中心となって開発されたのが Brussels Infant and Toddler Stool Scale(BTISS、または BITSS とも表記)だ [3,4]。
Huysentruyt らが 2019 年に Journal of Pediatric Gastroenterology and Nutrition(JPGN)に発表した検証研究では、BTISS の信頼性(interobserver reliability)を 18 ヶ国・18 施設で検証した大規模多施設研究として報告されている [3]。参加者は 2,462 名(保護者 1,181 名・看護師 624 名・医師 657 名)。7 枚の便写真(おむつ内)の分類について、全体での正答率は 83〜96% の範囲で、加重 κ 値は 0.72(95%CI: ある測定値が真の値を95%の確率で含む範囲を示す統計的指標: 0.59–0.85)と良好な一致が確認された [3]。
BTISS の構成 — 何を、どう評価するか
BTISS は、乳幼児の便を 3 つの軸 で評価する設計になっている。
- 性状(consistency): 4 段階(水様・軟便・普通便・硬便)
- 量(amount): 4 段階(少量・中程度・多量・大量)
- 色(color): 6 カテゴリ(黄色・茶色・緑色・黒色・赤色・白色)
色の分類は前稿(「乳児の便の色」記事参照)と対応している。性状の評価は、おむつに広がった便の写真をベースに、視覚的に確認できる設計になっている。
成人向けの Bristol とは異なり、おむつに排泄された状態での視覚評価 という実態に即したフォーマットになっている点が最大の設計上の特徴だ。
栄養形態ごとの「正常範囲」
BTISS を用いた研究から見えてくる最も重要な知見は、乳幼児の便の正常範囲は栄養形態によって大きく異なる という点だ。
- 母乳栄養児: 便は一般に軟便〜水様に近い性状を示す。BTISS の性状スコアが低く(軟らかい側)出ても、それが正常であることが多い。排便頻度も高い。
- 人工乳(ミルク)栄養児: 母乳栄養児と比較して便は固い傾向にあり、BTISS の性状スコアが高め(固い側)に出る。排便頻度も少なくなりやすい。
- 離乳食開始後: 食物繊維や固形食材の導入によって便の性状が変化し、形が出やすくなる。色も食材に応じて多様化する。
Gerrior らが母乳栄養乳児の便を専用スケールで評価した研究でも、排便の多様性が示されている [5]。
BTISS を Bristol に対して比較検証した研究(2020〜2021 年)では、おむつを使用する小児における硬便・機能性便秘の検出において BTISS が Bristol よりも感度が高いことが大規模コホートで示されている(BTISS 57.4% vs BSS 25.3%)[6]。つまり、乳幼児の便秘を「見落とさない」という観点でも BTISS の優位性が確認されている。
保護者による評価と医療者の一致率
BTISS の重要な特徴のひとつは、保護者が自分で評価できるように設計されている点だ。写真ベースの評価であるため、医療者と保護者の間の評価の一致率が比較的高い [3]。
日常的に便の写真をおむつ交換時に記録しておけば、受診時に「先週の便はこんな感じでした」と具体的に伝えられる。言語による説明(「ゆるかった」「ねばねばしていた」)は評価者によって大きくばらつくが、写真であれば客観性が格段に高まる。
Memori の便スキャン機能は、この BTISS の設計思想と一致した運用を目指している。カメラで撮影した便の画像から色と性状を評価し、BTISS に準拠した分類を行うことで、家庭での観察と医療機関での評価の橋渡しを担う。
「便が緩い = 異常」を解体する
母乳栄養の乳児の保護者が「下痢かと思って受診した」という経験は珍しくない。しかし BTISS のデータが示すように、母乳栄養児の軟便・水様便は正常範囲の生理的バリエーションであり、Bristol Stool Scale の 7 型(水様便)に当てはめて「下痢」と判断するのは構造的に誤りだ。
「便が緩い = 下痢 = 異常」というショートカット思考が、不必要な受診や保護者の不安を生む。尺度がなければ、この修正ができない。BTISS のような栄養形態別の正常範囲データを持つ尺度を持つことで、「うちの子の今の状態は正常範囲か、そうでないか」という問いに対して、より根拠のある答えを出せるようになる。
機能性便秘: 腸や肛門に器質的な異常がないにもかかわらず生じる便秘(器質的疾患のない便秘)の判断も同様だ。Rome IV: 機能性消化管障害の国際診断基準で、便秘・過敏性腸症候群などの定義を提供する基準では、乳幼児の機能性便秘は回数・性状・排便困難の複合で定義されるが [要出典: Rome IV 乳幼児機能性便秘 診断基準]、その性状の評価には乳幼児向けの尺度が必要だ。
まとめ
Bristol Stool Form Scale は成人向けに開発されており、おむつの中の乳幼児の便には適用できない構造上の限界がある。BTISS は、この問題に正面から向き合って開発された乳幼児専用の便性状評価尺度だ。写真ベースの 7 型分類に色と量の軸を加えた設計で、保護者・看護師・医師の間の評価の一致率が高いことが多施設研究で確認されている [3]。
「便が緩い」という親の観察は、尺度があってはじめて「正常範囲か、異常か」という問いに変換できる。記録し、評価し、伝える——その連鎖を支える尺度が存在することを、保護者に届けることがこの記事の目的だ。
References
- Lewis SJ, Heaton KW. Stool form scale as a useful guide to intestinal transit time. Scand J Gastroenterol. 1997;32(9):920–924. doi:10.3109/00365529709011203. PMID: 9299672.
- Bekkali N, Hamers SL, Reitsma JB, Van Toledo L, Benninga MA. Infant stool form scale: development and results. J Pediatr. 2009;154(4):521–526.e1. doi:10.1016/j.jpeds.2008.10.010. PMID: 19054528.
- Huysentruyt K, Koppen I, Benninga M, et al; BITSS Study Group. The Brussels Infant and Toddler Stool Scale: A Study on Interobserver Reliability. J Pediatr Gastroenterol Nutr. 2019;68(2):207–213. doi:10.1097/MPG.0000000000002153. PMID: 30672767.
- Teixeira-Cintra MA, Huysentruyt K, Vandenplas Y, et al. Utility of the Brussels Infant and Toddler Stool Scale (BITSS) and Bristol Stool Scale in non-toilet-trained children: A large comparative study. Neurogastroenterol Motil. 2021;33(4):e14015. doi:10.1111/nmo.14015. PMID: 33094889.
- Gustin J, Smolkin ME, Grollman K, Grossman NJ. Characterizing Exclusively Breastfed Infant Stool via a Novel Infant Stool Scale. JPEN J Parenter Enteral Nutr. 2019;43(5):673–680. doi:10.1002/jpen.1468. PMID: 30370924.
- O'Donnell LJD, Virjee J, Heaton KW. Detection of pseudodiarrhoea by simple clinical assessment of intestinal transit rate. BMJ. 1990;300(6722):439–440. doi:10.1136/bmj.300.6722.439. [Bristol Stool Scale の元となる腸管通過時間と便形状の相関を初めて示した研究]