リード
緑色の便を見て、「何かがおかしいのか」と不安になった経験を持つ保護者は多い。あるいは、母子手帳の「便色カード」の写真を眺めながら、どの色が問題でどの色が正常なのか、判断できなかった経験があるかもしれない。
便の色をめぐる混乱の多くは、「色の見た目」が先行して「なぜその色になるのか」という機序の理解がないまま不安が生まれることによる。機序を知れば、何を心配すべきか、何を心配しなくていいかが、格段に整理されやすくなる。
本稿では、便の色が決まる仕組みを代謝経路から説明したうえで、緑・白・赤・黒それぞれの意味と、実際に注意が必要なサインを整理する。
便の色はどこから来るか — ヘモグロビンからステルコビリンへ
便の茶色〜黄褐色は、ほぼすべて 胆汁色素 によるものだ [1]。その経路を追うと次のようになる。
- ヘモグロビンの分解: 赤血球の寿命が尽きると、ヘモグロビンは脾臓等でビリベルジン(緑色の色素)に変換される。
- ビリルビンへの還元: ビリベルジンはただちに酵素(ビリベルジン還元酵素)によって ビリルビン: 赤血球中のヘモグロビンが分解されてできる黄橙色の色素で、肝臓で処理されて胆汁に排出される(黄橙色)に変換される。
- 肝臓での抱合: 脂溶性の物質に親水性の分子を結合させて水に溶けやすくする肝臓の処理と排泄: 非抱合型ビリルビンは肝臓でグルクロン酸と結合(抱合)されて水溶性となり、胆汁として十二指腸に排出される。
- 腸内細菌による還元: 腸内に到達した抱合型ビリルビンは、腸内細菌叢: 腸管に生息する細菌の集合体で、消化・免疫・代謝に重要な役割を果たすによってウロビリノーゲン、さらに ステルコビリン(茶色)に還元される [2]。この最終段階が、便を茶色〜褐色にする。
新生児は腸内細菌叢が未発達であり、ビリルビンをステルコビリンまで還元する腸内細菌(主に Firmicutes 属)の絶対量が少ない [2]。また腸管通過速度が速いため、ビリルビンが完全に代謝される前に排泄されやすい。これが新生児や低月齢児の便が黄色〜黄緑色になりやすい理由だ。母乳栄養児では腸管の通過時間がさらに短く、ビリルビンが十分に代謝される前に排出されることが多い。
緑便 — 機序を知れば怖くない
緑便の正体は ビリベルジン、または還元途中の中間産物だ [1]。主な原因は以下の 2 つに集約される。
- 腸管通過時間の短縮: 授乳頻度の増加、母乳の前乳(フォアミルク)偏重、軽度の感染、抗菌薬の使用など。胆汁が腸内を通過する間に細菌が還元しきれずビリベルジンのまま排泄される。
- 腸内細菌叢の未成熟: 新生児・低月齢の正常範囲。生後数週間で腸内細菌叢が安定してくると茶色に近づく。
これらはいずれも生理的な現象であり、緑便それ自体は即座に受診すべきサインではない。ただし、緑便に加えて発熱・粘液血便・激しい腹痛・哺乳不良などが伴う場合は感染症等の鑑別が必要だ。
母子手帳の便色カードは「白を見つけるためのカード」 であり、緑便を警告するためのものではない。この点は重要で、保護者がカードを参照して「自分の子の便は写真の色と違う気がする」と不安になるケースが多いが、カードの設計目的は胆汁の「有無」を確認することにある。
白便 — これだけは即受診
白色・灰白色・クリーム色の便(acholic stool、無胆汁便)は、胆汁が腸に流れていないことを意味する。最も重要な鑑別は 胆道閉鎖症: 胆管が進行性に閉塞する先天性疾患で、早期に手術しないと肝硬変へ進行する(biliary atresia) だ [3,4,5]。
胆道閉鎖症は、胆管が進行性に閉塞していく疾患で、生後2ヶ月以内に外科手術(葛西手術:肝門部腸吻合術)を行うことが長期的な自己肝温存率に直結する [3]。早期発見のために開発されたのが母子手帳に掲載されている便色カードだ。
日本では、松井ら(1994年)が栃木県で新生児対象の便色カードスクリーニングを全国に先駆けて開始した [5]。1994年から2011年の19年間・約31万人のスクリーニング結果では、感度76.5%、特異度99.9%が示されている [5]。台湾でも Hsiao らが国家規模のスクリーニングを実施し、便色カードを母子手帳に組み込んで以降、60日以内の葛西手術実施率が大幅に改善した(2004年:60% → 2005年:74.3%)[4]。
白色便の例として:No.1〜3 に分類される灰白色・クリーム色・淡黄色の便が、特に生後1〜2ヶ月の乳児で継続して観察される場合、黄疸の持続や尿の濃染(濃い黄色〜茶色)を伴うときは、翌朝ではなく当日中に医療機関を受診することが推奨される [3]。
白便は緑便とは根本的に異なるカテゴリの問題だ。「白だけは即受診、緑は機序を知れば怖くない」という区別を持っておくことが、実際の判断の助けになる。
赤便 — 見分けるべき 2 つの原因
赤色の便には大きく分けて 2 つの原因がある。
(1)消化管出血
- 鮮血便(真っ赤な血が混じる): 下部消化管由来を疑う。乳児では肛門裂傷(便が固い場合)、腸重積: 腸の一部が隣接する腸の中に入り込む状態で、激しい腹痛・嘔吐・血便を引き起こす緊急疾患(突発的な激しい号泣を伴う)、牛乳アレルギーに伴う直腸炎などが鑑別に挙がる。激しい腹痛・血性粘液便・急激な状態変化を伴う場合は緊急受診が必要だ。
- 黒色便(タール便): 上部消化管出血(消化管潰瘍、食道静脈瘤出血等)を疑う。これは次項で扱う。
(2)食事性の着色(偽性血便) トマト・ビーツ・赤いゼリー・赤いジュースなどの色素は、消化されると便を赤色に着色することがある。見た目は鮮血と似ていても、出血ではない。排便時の痛みや哺乳不良、発熱がなく、思い当たる食材がある場合は一度様子を見てよい。
黒便 — 鉄剤か、メレナか、食事か
黒色便の鑑別は月齢と食事歴による。
離乳食期(生後5〜6ヶ月以降) に、鉄分が多い食材(レバー、ほうれん草)や鉄補充剤を開始した直後であれば、消化されなかった鉄が酸化して黒色になることがある。バナナやブルーベリーも同様だ。
対照的に、メレナ: 上部消化管からの出血が腸内で酸化・分解されて生じる黒色タール状の便(タール便)は上部消化管(胃・十二指腸)からの出血を意味する。血液が消化管を通過する間に酸化・分解されて真っ黒でタール状になる。出血量が多い場合は全身状態の悪化を伴う。新生児期に母親の乳頭出血を飲み込んだ場合にも黒便が見られるが(swallowed blood syndrome)、これは自然軽快する。
医療機関への判断基準:(1)鮮血であれ黒便であれ、出血量が多い場合、(2)激しい腹痛・嘔吐・発熱を伴う場合、(3)食事・鉄剤で説明がつかない場合は、受診が妥当だ。
行動への落とし込み
便の色は、1日1回でも記録しておくと変化のパターンが見えやすくなる。単発の緑便に過剰反応するよりも、「今週ずっと緑で食欲も落ちている」という文脈での変化を捉える方が有用な情報になる。育児記録アプリで日々の便の色を入力しておくと、受診時に医師が経過を把握しやすくなる。
まとめると:白便だけは即日受診、緑便は機序を知れば正常範囲が広い、赤・黒は食事歴を確認したうえで全身状態で判断する。便色カードは「白を検出するためのツール」であり、それ以外の色の異常を診断するツールではない。
まとめ
便の色は、ヘモグロビンから始まる代謝カスケードと腸内細菌叢と腸管通過速度の合計として決まる。緑は通過時間の問題であって、多くは正常範囲の生理現象だ。白は胆汁の流れそのものを示す指標であり、胆道閉鎖症スクリーニングの核心だ。
機序を知ることで、「何が問題で何が問題でないか」を判断するための言語が手に入る。その言語を持てば、便色カードは不安の源泉ではなく、適切な受診タイミングを伝えるシンプルなツールになる。
References
- Bilirubin metabolism and stool pigmentation. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2024. NBK470290. Available at: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK470290/
- Baxter NT, Schmidt AW, Venkataraman A, et al. Dynamics of Human Gut Microbiota and Short-Chain Fatty Acids in Response to Dietary Interventions with Three Fermentable Fibers. mBio. 2019;10(1):e02566-18. [BilR 腸内細菌によるビリルビン還元の参照: Stercobilin pathway — PMC9934709参照]
- Wildhaber BE. Biliary atresia: 50 years after the first Kasai. ISRN Surg. 2012;2012:132089. doi:10.5402/2012/132089.
- Hsiao CH, Chang MH, Chen HL, et al; Taiwan Infant Stool Color Card Study Group. Universal screening for biliary atresia using an infant stool color card in Taiwan. Hepatology. 2008;47(4):1233–1240. doi:10.1002/hep.22182. PMID: 18306391.
- Gu YH, Yokoyama K, Mizuta K, et al. Stool color card screening for early detection of biliary atresia and long-term native liver survival: a 19-year cohort study in Japan. J Pediatr. 2015;166(4):897–902.e1. doi:10.1016/j.jpeds.2014.12.016. PMID: 25681196. [Matsui ら 1994 年の Tochigi スクリーニング開始を縦断追跡した研究]
- こども家庭庁. 母子健康手帳の様式(便色カード含む). 令和5年度版母子健康手帳標準様式. Available at: https://www.cfa.go.jp/policies/boshihoken/techou
- Gonzales E, Jacquemin E. Biliary atresia and other cholestatic conditions in neonates and children. In: Liver Disease in Children. 4th ed. Cambridge University Press; 2014. [胆道閉鎖症の早期サインの臨床的根拠]