リード
小学校選びの季節になると、「やはり私立のほうが学力が伸びるのか」という問いが浮かびやすい。受験を検討している家庭でも、していない家庭でも、この問いは共通する不安の形を持っている。
実際のところ、公立と私立の学力差はどれほど「学校の効果」なのか。研究者たちはこの問いにどう答えているか。そして、学校選びの判断軸として学力以外に何があるか。この記事では、入学先の選択を取り巻く研究の知見を整理する。
「私立のほうが学力が高い」は本当か
PISA(OECD 学習到達度調査)のデータでは、私立学校の生徒は公立学校の生徒より平均得点が高い傾向が繰り返し示されてきた [1]。この事実は本物だ。しかし問題は、その差が「学校そのものの効果」なのか、それとも「どういう家庭の子どもが私立に来るか」によるものか、という点にある。
Lubienski & Lubienski(2014)は、この問いを大規模データで正面から検証した [2]。全米代表サンプルを用いて、社会経済的背景・人種・家庭環境を統計的に調整: データ分析で、注目したい関係を歪める他の要因の影響を統計モデルで差し引く操作。「他の条件が同じなら」を擬似的に作るすると、私立学校(カトリック系・非宗教系とも)の学力アドバンテージは消え、むしろ数学においては公立学校のほうが調整後の成績が高い結果が得られた [2]。
この知見の含意は大きい。私立学校の「見かけ上の高得点」は、学校の教育効果ではなく、もともと恵まれた家庭環境にある子どもが集まるという入学者の属性の差によって説明できる、ということだ。
PISA の研究チームも同様の分析を継続しており、社会経済的背景を調整した後の私立・公立の差は多くの国でほぼ消失するか縮小することを報告している [1]。
なぜ「私立は良い」という印象が根強いのか
Lubienski らの分析が示すもうひとつの論点は、市場原理(学校間競争・自律性)が必ずしも教育の質を上げない可能性だ [2]。私立学校は教員採用・カリキュラムに関して公立より自律性を持つが、それが学力向上につながるという仮説は、データでは裏付けられなかった。一方、教員の専門研修や学習指導要領への準拠が学力と正の相関を持つことが示され、これらは公立学校でより制度的に担保されている。
Buchmann & Park(2009)は、高度に分化した教育制度を持つ国々での研究で、学校種別よりも教育制度の層化(stratification)の程度が長期の格差形成に大きな影響を持つことを論じている [3]。どの種別の学校に通うかより、そもそも選択肢へのアクセスの格差が問題という視点だ。
日本の文脈
日本国内のデータとして、文部科学省の学校基本調査によれば、国公立の小学校が全小学校の約 97% を占め、私立小学校への就学率はおよそ 1.3% 程度にとどまる(令和 5 年度) [4]。国立附属小学校は研究・実験的位置づけで設置数が限られ、附属幼稚園からの接続を持つ場合もある。
私立小学校に進学する子どもの家庭は、経済資本・文化資本ともに高い傾向があることは、日本の教育社会学の文脈でも繰り返し示されている。したがって日本でも、「私立小学校の卒業生は高学歴になりやすい」という観察があるとして、それが学校の効果であるか家庭の効果であるかの識別は慎重に行う必要がある。
Reardon & Galindo(2009)の研究は米国の公立学校内格差の文脈だが、就学前の家庭環境が小学校入学時の学力差を大きく規定し、その後の学校教育がその差を縮める効果は限定的であることを示した [5]。逆に言えば、学校選びの前に家庭での学習環境が既に大きな役割を果たしているという読み方もできる。
学力以外の判断軸
学力アウトカムだけで学校を選ぶことのリスクは、長期的なアウトカム研究の限界にもある。
研究上の問題として、学校種別と長期成果(大学進学・職業・生活満足度)の因果関係を測ることは方法論的に難しい。観察研究で「私立出身者のほうが長期成果が良い」という結果が出ていたとしても、学校の効果と選択バイアス: 参加者がランダムでなく特定の条件で選ばれることで、結果が偏って見える誤差。観察研究の因果解釈を歪める代表的な要因を分離できていない限り、「だから私立に行かせれば同じ成果が得られる」という推論は成り立たない [2]。
では何で選ぶのか。以下はいくつかの視点であり、唯一の答えではない。
通いやすさと安全性: 小学校6年間、子どもが毎日通う場所だ。遠距離通学が子どものストレスや体力に与える影響は小さくない。
学校の文化と子どもの気質の適合: 競争的な環境を好む子もいれば、ゆったりとした環境で伸びる子もいる。学校の雰囲気と子どもの特性の相性は、成績より先に動機と情緒に影響する。
保護者のコミットメントと継続性: 私立受験には準備コスト(経済的・時間的)がかかる。そのコストが家庭のストレスになるかどうかも、選択の一要素だ。
地域のネットワーク: 公立小学校は地域の同年代の子どもが集まる場でもある。放課後の関係や地域コミュニティとのつながりという観点は、学力データには現れない。
まとめ
「私立のほうが学力が上がる」という命題は、家庭背景を調整すると支持されにくくなるというのが現在の研究の知見だ [1,2]。学校種別の差は、教育の差というより入学者の差を反映している可能性が高い。
これは「どこでも同じ」という意味ではない。個々の学校が持つ文化・環境・人的資源には差があり、それは子どもによっては実質的な差になりえる。ただ、その評価は「公立か私立か」という二項ではなく、個別の学校を実際に見て判断する作業になる。
データはひとつの軸を提供するが、最終的には「この子に、この環境が合っているか」という個別の問いに返ってくる。
References
- OECD. PISA 2022 Results (Volume I): The State of Learning and Equity in Education. Paris: OECD Publishing; 2023. doi:10.1787/53f23881-en
- Lubienski CA, Lubienski ST. The Public School Advantage: Why Public Schools Outperform Private Schools. Chicago: University of Chicago Press; 2014. ISBN: 978-0-226-08891-4
- Buchmann C, Park H. Stratification and the formation of expectations in highly differentiated educational systems. Research in Social Stratification and Mobility. 2009;27(4):245–267. doi:10.1016/j.rssm.2009.04.004
- 文部科学省. 令和 5 年度学校基本調査. 2023. https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/kihon/1267995.htm
- Reardon SF, Galindo C. The Hispanic-White achievement gap in math and reading in the elementary grades. American Educational Research Journal. 2009;46(3):853–891. doi:10.3102/0002831209333184