リード
「ぼくは男の子だよ」「わたしは女の子」——子どもがこう言いはじめるのは、大体いつごろだろうか。多くの保護者は、その言葉を自然に受け取る。だが、「自分は男/女だ」という認識がどのように形成されるのかは、数十年にわたって心理学の中心的な問いのひとつであり続けてきた。
この記事では、性自認の発達についての主要な知見を整理し、家庭での関わり方を考える。
ジェンダー・ラベルの習得 — 2歳から始まる
子どもが「男の子」「女の子」というカテゴリを使い始めるのは、一般的に 24 ヶ月(2 歳)ごろとされている。この時期、子どもはすでに自分と他者に対してジェンダー・ラベルを正確に適用でき始める。
Martin と Ruble は 2004 年に Current Directions in Psychological Science で、子どものジェンダー発達に関する認知的観点をまとめ、2〜3 歳の子どもがジェンダーに関する情報に能動的に注意を向け、自分が属するカテゴリに関連する行動・物・人を選好するようになる過程を論じた [1]。ジェンダー・スキーマ: 性別に関連づけて世界を整理するための認知的な枠組み。子どもがこの枠組みを通して情報を選別・記憶するようになる(性別に関する認知的枠組み)が形成されると、子どもはその枠組みに適合する情報を優先的に処理し、記憶するようになる [1]。
コールバーグの 3 段階
ジェンダー発達の古典的な理論として、Kohlberg が 1966 年に提唱した認知発達論がある [2]。彼は、子どもが次の 3 段階を経てジェンダーの概念を完成させると論じた。
ジェンダー同一性(3 歳ごろ): 自分が男の子か女の子かを理解する。ただし、この時点では性別は見た目が変わると変わりうると考えている。
ジェンダー安定性(4〜5 歳ごろ): 自分の性別は時間的に安定していると理解する。今は男の子だが大きくなっても男の子、というように。
ジェンダー恒常性(6〜7 歳ごろ): 見かけが変わっても(ドレスを着ていても、髪が長くても)性別は変わらないことを理解する。Piaget の保存概念の発達と並行する。
Kohlberg の枠組みは「認知が行動に先立つ」という点が重要で、子どもは自分がどのカテゴリに属するかを理解してから、そのカテゴリに合った行動・好みを取り込むとされた [2]。この解釈は後の研究によって修正され、認知と行動は双方向に影響し合うことが明らかになっているが、発達の大まかな段階記述は現在も有用な枠組みとして参照されている。
トランスジェンダーの子どもたちの研究
近年、シスジェンダー: 出生時に割り当てられた性別と、本人の性自認が一致している状態の人を指す概念。トランスジェンダーの対概念として用いられる(出生時の性別と性自認が一致する)以外の子どもたちに関する研究が増えてきた。Olson、Key、Eaton は 2015 年に Psychological Science に発表した研究で、日常的に自分の性自認に沿って生活している 5〜12 歳のトランスジェンダーの子ども 32 名を対象に、ジェンダー認知のパターンを調べた [3]。
自己報告・暗黙的連想・記憶課題のいずれにおいても、トランスジェンダーの子どもたちは出生時の性別ではなく、自分の性自認(表現している性別)に沿ったパターンを示した [3]。これは、彼らの性自認が一貫しており、混乱していないことを示す。性自認の一貫性は、年齢や支援の有無とは独立していた。
同じグループによる後続研究(Durwood ら 2017)では、社会的移行(ソーシャル・トランジション)を経験したトランスジェンダーの子どもたちは、シスジェンダーの子どもや同胞と比較して抑うつ・自己評価に有意差がなく、不安が若干高い程度であることが示されている [6]。家族の支持が精神的健康に与える影響は大きい。
性別役割の習得と家庭の影響
ジェンダー・アイデンティティとは別に、「男らしい行動」「女らしい行動」という性別役割(gender role)の習得も同時進行する。Halim と Ruble は 2010 年の著作章において、ジェンダーの固定観念(ステレオタイプ)は 2〜3 歳ごろに芽生え、5〜7 歳ごろに最も硬直化する傾向があることを指摘した [4]。この時期の硬直性は「ジェンダー帝王期(gender police period)」とも呼ばれ、子ども自身が自分や他者の「性別に合わない」行動を厳しく批判する。
これは周囲の大人が教え込んだ結果だけではなく、子どもが認知的カテゴリ化の発達途上で「ルールを一般化しすぎる」傾向の表れでもある [1]。成長とともに柔軟性が増す場合が多い。
Maccoby は 1998 年の著作「The Two Sexes」で、ジェンダー差異が社会的文脈(特に同性集団の中)で最も顕著に現れることを示した [5]。個人として見ると男女の差は小さくても、グループとして行動するときには性別によって異なる文化が形成されやすい。これは家庭での教育だけで決まるものでも、生物学的に固定されたものでもない。
保護者への視点
性自認は複雑な発達プロセスであり、家庭での関わり方はその文脈のひとつだ。研究が示唆することをいくつか整理する。
4〜5 歳の子どもが「男の子だから○○しなきゃいけない」「女の子だから○○はダメ」と言い始めるのは、発達の正常な過程(ジェンダー帝王期)の一側面であることが多い [4]。これを「良くない価値観が身についた」と心配しすぎる必要はないが、大人が「そういうルールは絶対ではないよ」と穏やかに示し続けることには意味がある。
子どもの性自認や性別表現に関して「普通と違う」と感じた場合、まず「その子が何を感じているか」を丁寧に聞くことが出発点になる。早急に判断するより、子ども自身の言葉と行動を継続して観察することが重要だ [3]。
専門家への相談が有用な場合もある。特に子どもが強い苦悩を示しているとき、あるいは保護者自身が判断に迷うときは、小児科医や発達専門家への相談が選択肢になる。
まとめ
性自認の発達は 2 歳ごろのジェンダー・ラベル習得から始まり、5〜7 歳ごろまでにジェンダー恒常性が確立される [2]。この過程は認知発達と深く連動しており、一方向ではなく双方向に形成される [1,4]。トランスジェンダーの子どもたちの研究は、性自認の一貫性が幼い時期から安定しており、支持された環境が精神的健康に大きく影響することを示している [3]。
「男の子だから」「女の子だから」という言葉は、子どもが世界を理解しようとする努力の痕跡だ。その言葉を丁寧に受け取ることが、発達を支える最初の関わりになる。
References
- Martin CL, Ruble D. Children's search for gender cues: cognitive perspectives on gender development. Curr Dir Psychol Sci. 2004;13(2):67–70. doi:10.1111/j.0963-7214.2004.00276.x.
- Kohlberg L. A cognitive-developmental analysis of children's sex-role concepts and attitudes. In: Maccoby EE, ed. The Development of Sex Differences. Stanford, CA: Stanford University Press; 1966:82–173.
- Olson KR, Key AC, Eaton NR. Gender cognition in transgender children. Psychol Sci. 2015;26(4):467–474. doi:10.1177/0956797614568156. PMID: 25749700.
- Halim ML, Ruble DN. Gender identity and stereotyping in early and middle childhood. In: Chrisler JC, McCreary DR, eds. Handbook of Gender Research in Psychology. New York: Springer; 2010:495–525.
- Maccoby EE. The Two Sexes: Growing Up Apart, Coming Together. Cambridge, MA: Harvard University Press; 1998.
- Durwood L, McLaughlin KA, Olson KR. Mental health and self-worth in socially transitioned transgender youth. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry. 2017;56(2):116–123. doi:10.1016/j.jaac.2016.10.016. PMID: 28117057.