嫉妬・羨望 — 感情語の発達と「ずるい」

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対象
2〜6歳の子の保護者
文字数目安
2,200字
ステータス
ドラフト v1

リード

「ずるい」という言葉が子どもの口から出てきた日のことを、多くの親は覚えている。弟や妹に対して、あるいはよその子の持ち物を見て、「あの子だけずるい」と言う。

その声は感情の表現なのか、道徳的な不満なのか、あるいはその両方なのか。大人でも言語化しにくい「嫉妬」と「羨望」の違いが、子どもにはどのように発達するのかを追うと、「ずるい」という一言の奥行きが見えてくる。

嫉妬と羨望は、構造が違う

日常語では混用されやすいが、心理学では嫉妬(jealousy)と羨望(envy)は区別して扱われる。

嫉妬は三者関係の感情だ。自分が大切にしている関係(親との絆、友人との友情)を、第三者に奪われるかもしれないという脅威から生じる。ここでは「自分のものが失われる恐怖」が中心にある。

羨望は二者関係の感情だ。他者が持っているものを自分は持っていないという比較から生じる。ここでは「他者が優れているという不満」が中心にある。

子どもの「ずるい」は、どちらを指しているか。状況によって異なる。兄弟が親にだっこされているのを見て言う「ずるい」は嫉妬に近く、友だちの新しいおもちゃを見て言う「ずるい」は羨望に近い。

嫉妬は生後6ヶ月から存在する

嫉妬が幼い時期から存在することを示した研究として、Hart と Carrington による 2002 年の実験がある [1]。生後 6 ヶ月の乳児 32 名に対して、母親がリアルな人形の赤ちゃんと向き合うか、本を読むかの 2 条件でどう反応するかを観察した。母親が「社会的な対象」(人形)に注意を向けたときに、乳児のネガティブな感情表出が有意に増加した。母親が本(非社会的な対象)に注意を向けたときには同様の反応は見られなかった。

これは、「母親の関心が別の社会的存在に向いた」ことへの反応であり、言語的理解を経由しない嫉妬の原初的な形態と解釈される。生後 6 ヶ月という時期は、まだ「嫉妬」という言葉を理解していない段階だが、関係性の脅威には感情的に反応する能力がすでに備わっているということだ [1]。

きょうだい間の嫉妬については、Volling らが 2002 年に報告した研究が詳しい [2]。生後 16 ヶ月の乳児と年長のきょうだいがいる 60 家族を追跡し、親が下の子を抱く場面での上の子の感情反応と、それが家族の特性(養育スタイル、子ども自身の気質)とどう関連するかを検討した。きょうだい嫉妬は単一の感情ではなく、悲しみ・怒り・不安などが複合した「感情複合体」として現れることが示されている [2]。子どもの「ずるい」は、この感情複合体の言語化のひとつと理解できる。

「ずるい」が言えるようになるまで

感情語の習得は、感情体験そのものより遅れてやってくる。Ridgeway らは 1985 年、18 ヶ月から 6 歳の子ども約 120 名を対象に、感情を表す語彙の受容(聞いて理解できる)と産出(自分で使える)の発達基準を調査した [3]。その結果、「うれしい」「かなしい」「おこった」「こわい」といった基本感情語は 18〜24 ヶ月ごろに使い始められる一方、「ねたましい」「うらやましい」にあたる語は 4 歳以降に出現することが多かった。

感情語が使えるようになるためには、感情を経験するだけでなく、その感情に概念的な枠組みを付与する認知能力が必要だ。「自分は持っていないが相手は持っている」「自分の関係が脅かされている」という比較的複雑な自己他者比較が、羨望・嫉妬の言語化には要求される。

「ずるい」という日本語は、羨望・嫉妬・不公平感のいずれにも使われる便利な言葉だ。子どもが「ずるい」と言うとき、その背後にある感情は一通りではない。親が「どうしてずるいと思うの?」と丁寧に聞き返すことは、感情語彙の発達を支える関わりになりうる。

公平感の発達 — 「なぜ平等でないといけないのか」

羨望に深く関わる感情として、不公平感(inequality aversion)がある。Fehr、Bernhard、Rockenbach は 2008 年に Nature に掲載された研究で、3〜8 歳の子ども 229 名を対象に資源分配課題を実施した [4]。3〜4 歳では大多数が自己に有利な不平等分配を選ぶが、7〜8 歳になると、自分に有利な不平等分配も自分に不利な不平等分配も拒否し、を好む傾向が現れた。

つまり「平等でないと嫌だ」という感覚は、年齢とともに発達する。4〜5 歳の子どもが「あの子だけずるい」と言うとき、その不満は「自分が損をしているという羨望」と「平等への原初的な感覚」の両方が混在している可能性がある。

注目すべき点は、同研究でこの平等志向が内集団メンバー(同じグループの仲間)に対してより強く発揮されたことだ [4]。「ずるい」は親しい関係のなかでより強く出る感情であり、それはある意味で関係の近さの証拠でもある。

保護者にできること

感情の経験と感情語の獲得の間には差がある。子どもが感情を持つのは早いが、それを言語化し、理解するには時間がかかる。

「ずるい」と言ったとき、すぐに「ずるくない」「我慢しなさい」と返すのは、その感情経験を無効化する応答になりやすい。代わりに、子どもが感じていることを一旦言葉にして返す(「〇〇ちゃんが持っているのが羨ましかったんだね」)、あるいは感情の名前を使って会話する(「それは羨ましいね」「さびしかったんだね」)ことが、感情語彙の発達を助ける関わりとして研究でも支持されている。

育児記録を活用する観点からは、「ずるい」「やだ」のような言葉が出た場面を記録しておくと、後から見返したときに感情語彙の発達曲線が見えてくることがある。記録は事実だけでなく、子どもの感情表現を残す場所でもある。

まとめ

嫉妬と羨望は構造が異なる感情で、嫉妬は生後 6 ヶ月から観察されるが [1]、それを「ずるい」と言語化できるようになるのは 4 歳以降が一般的だ [3]。「ずるい」という言葉の背後には、感情の複合体と、発達途上の公平感覚がある [2,4]。子どもが「ずるい」と言うとき、その感情を否定せず名前をつけることが、次の感情語の扱い方を学ぶ足がかりになる。

感情は経験するより、語れるほうがずっと扱いやすくなる。


References

  1. Hart SL, Carrington HA. Jealousy in 6-month-old infants. Infancy. 2002;3(3):395–402. doi:10.1207/S15327078IN0303_6. PMID: 33451216.
  2. Volling BL, McElwain NL, Miller AL. Emotion regulation in context: the jealousy complex between young siblings and its relations with child and family characteristics. Child Dev. 2002;73(2):581–600. doi:10.1111/1467-8624.00425. PMID: 11949910.
  3. Ridgeway D, Waters E, Kuczaj SA. Acquisition of emotion-descriptive language: receptive and productive vocabulary norms for ages 18 months to 6 years. Dev Psychol. 1985;21(5):901–908. doi:10.1037/0012-1649.21.5.901.
  4. Fehr E, Bernhard H, Rockenbach B. Egalitarianism in young children. Nature. 2008;454(7208):1079–1083. doi:10.1038/nature07155. PMID: 18756249.
  5. Masciuch S, Kienapple K. The emergence of jealousy in children 4 months to 7 years of age. J Soc Pers Relat. 1993;10(3):421–435. doi:10.1177/0265407593103008.