性教育の入り口 — 包括的性教育とプライベートゾーン

読了時間 約 8 分English version available
対象
3〜5歳の子の保護者
文字数目安
2,400字
ステータス
ドラフト v1(査読論文と国際機関の一次資料を中心に出典付与)

リード

「うちの子に性教育って、まだ早い」。3〜5 歳の子をもつ保護者から、しばしば聞く言葉だ。

ただ、「性教育」という言葉が指す範囲は、想像以上に広い。性器の名称を教えるのも性教育だし、「いやだと言っていい」と伝えるのも性教育だ。誰の身体は誰のものか、誰に触られたら大人に話してよいのか、家族にもいろいろな形があること。こうした話題のすべてが、国際的な合意のなかでは「5 歳から始める性教育」の射程に入っている。

「早い」と思っていた話の多くは、すでに 3〜5 歳の子の生活に入り込んでいる。早すぎるのではなく、語彙が追いついていないだけ、ということもある。この記事では、近年の国際的な合意と、日本国内で進みつつある制度、そして家庭で何ができるかを、出典に当たりながら整理する。

「包括的性教育」とは何か

包括的性教育(comprehensive sexuality education, CSE)は、UNESCO・UNAIDS・UNFPA・UNICEF・UN Women・WHO が共同で 2018 年に改訂した『International Technical Guidance on Sexuality Education』が示す国際的な枠組みである [1]。同ガイダンスは、性教育を「人間関係」「価値観・人権・文化」「ジェンダーの理解」「暴力と安全」「健康と幸福のためのスキル」「人間の身体と発達」「セクシュアリティと性的行動」「性と生殖に関する健康」の 8 つのキーコンセプトに整理し、5 歳から段階的に学ぶことを推奨している [1]。

ここで強調しておきたいのは、5〜8 歳の段階で扱う内容が、「性的行為」を中心にしたものではない、という点だ。同ガイダンスでは、この年齢層の学習目標として、家族のかたちの多様性を知ること、自分の気持ちや感情を名づけること、「同意」の基本原則、自分の身体の各部位の正しい名称、信頼できる大人に話す方法などが挙げられている [1]。WHO も同様に、「年少の子に対する性教育は、必ずしも性行為について教えることではない」と明示している [2]。

つまり、3〜5 歳に必要なのは、性器を含む身体の名称と、身体の境界線(自分の身体は自分のもの、いやと言ってよい)、そして信頼できる大人に話す習慣を育てることだ。これが、後年のより複雑な学びの土台になる。

プライベートゾーン教育の効果

「プライベートゾーン(水着で隠れる部分は自分だけの大事な場所)」という表現は、家庭でも保育現場でも広がりつつある。日本では文部科学省と内閣府が 2021 年度から「生命(いのち)の安全教育」を全国の幼稚園・学校で展開しており、幼児期向け教材では「みずぎでかくれるところはじぶんだけのだいじなところ」と教える [3]。

この種の教育には、実際に効果があるのか。学校・保育園で実施された児童性的虐待予防プログラムは、これまでに多数の評価研究がある。Walsh らによる(24 試験、計 5,802 名)は、こうしたプログラムが児童の自己防衛スキルと虐待予防に関する知識を有意に高め、開示(disclosure)の も上昇させること、副作用として不安や恐怖を増やす証拠は見られなかったことを報告している [4]。Topping & Barron による『Review of Educational Research』のレビューでも、知識・スキルの向上が広く確認される一方、長期維持や実際の虐待発生減少までの効果の検証には課題が残ると述べられている [5]。

Kenny らのレビューは、効果的なプログラムの共通要素として、不適切なタッチを識別・拒否する練習、性器の正しい名称を学ぶこと、「あなたのせいではない」という保証、そして保護者の関与の重要性を挙げる [6]。後者は重要で、Wurtele らの追跡研究や近年のクラスター無作為化試験でも、保護者ワークショップを併用すると子どもの知識・スキルが伸びやすいことが繰り返し示されている [7,8]。

つまり、「家庭外の教育プログラムが用意されているか」だけではなく、「家庭でも同じ言葉が話されているか」が効くということだ。

「早すぎる」という感覚の解体

3〜5 歳に性教育の話を始めることに、ためらいを感じる保護者は少なくない。ただ、いくつかの研究は、効果サイズの観点ではむしろ就学前児にこそ介入の余地が大きいことを示している。学校ベースの予防プログラムを対象としたでは、3〜5 歳児への介入のが最も大きいことが報告されている [9]。理由として、年少児ほど「身体の境界線」の概念が新規情報として入りやすいこと、生活のなかで実演しやすいことが議論されている。

「早すぎる」と感じる感覚そのものは尊重されてよいが、その感覚は、しばしば「性的行為を教える」というイメージと結びついている。国際的な合意のなかでの 3〜5 歳向け CSE は、そこではなく、身体の名称・気持ちの言語化・安全な大人への相談という、はるかに穏当な領域に焦点を置く [1,2]。「セックスの話」をすぐに始めるかどうかは別問題として、「あなたの身体はあなたのもの」を伝える時期は、子の興味が湧いたタイミングからで十分に間に合う。

逆に、性器を曖昧な俗称で呼び続けることのリスクも指摘されている。Wurtele は、子が自分の身体の各部位を正確な名称で言える状態は、被害を訴えるときに大人が状況を理解しやすくする一要素だと述べる [10]。「ペニス」「ワギナ」を口にすることへの大人側の照れは、子の安全に関わる語彙を遠ざける副作用がある。

家庭で始めるとしたら

3〜5 歳の家庭で、明日から無理なく始められる選択肢を 4 つだけ挙げる。命令ではなく、ひとつの引き出しとして読んでほしい。

これらは、ある日座って一度に教える教科ではない。歯みがきや手洗いと同じ、日常のなかで繰り返される短い会話の集合だ。Memori のような育児記録のアプリで、「プライベートゾーンの話をした日」「子が自分から身体の質問をしてきた日」を時系列で残しておくと、家庭での性教育がいつ・どんな話題で進んだかが、後から見返せる。これは、躾の進捗管理のためではなく、「うちはこの話題からは逃げていない」という、保護者自身への小さな足がかりとして機能する。

まとめ

国際的な合意のなかで、5 歳前後から始まる性教育は、性的行為の話ではなく、身体の名称・気持ち・同意・安全な相談を扱う [1,2]。日本でも「生命の安全教育」が制度として広がりつつあり [3]、家庭での会話との接続が鍵になる。

「早すぎる」と感じるのは自然な感覚だ。ただ、その感覚が指している先と、実際に 3〜5 歳に必要とされる内容のあいだには、ずれがある。ずれをほどいたあとに残るのは、「あなたの身体はあなたのもの」と伝える、ごく短い会話の繰り返しだ。

最初の一語は、たぶん、性器の正しい名称を、笑わずに口にすることから始まる。


References

  1. UNESCO, UNAIDS, UNFPA, UNICEF, UN Women, WHO. International Technical Guidance on Sexuality Education: An Evidence-Informed Approach (Revised Edition). Paris: UNESCO; 2018. ISBN 978-92-3-100259-5. https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000260770
  2. World Health Organization. Comprehensive sexuality education (Q&A). 2023. https://www.who.int/news-room/questions-and-answers/item/comprehensive-sexuality-education
  3. 文部科学省・内閣府. 生命(いのち)の安全教育 指導の手引き. 2023. https://www.mext.go.jp/a_menu/danjo/anzen/assets/file/20231113-ope_dev03-1.pdf
  4. Walsh K, Zwi K, Woolfenden S, Shlonsky A. School-based education programmes for the prevention of child sexual abuse. Cochrane Database Syst Rev. 2015;(4):CD004380. doi:10.1002/14651858.CD004380.pub3. PMID: 25876919.
  5. Topping KJ, Barron IG. School-based child sexual abuse prevention programs: a review of effectiveness. Review of Educational Research. 2009;79(1):431–463. doi:10.3102/0034654308325582.
  6. Kenny MC, Capri V, Thakkar-Kolar RR, Ryan EE, Runyon MK. Child sexual abuse: from prevention to self-protection. Child Abuse Review. 2008;17(1):36–54. doi:10.1002/car.1012.
  7. Wurtele SK, Moreno T, Kenny MC. Evaluation of a sexual abuse prevention workshop for parents of young children. Journal of Child & Adolescent Trauma. 2008;1(4):331–340. doi:10.1080/19361520802505768.
  8. Wurtele SK, Kenny MC. Partnering with parents to prevent childhood sexual abuse. Child Abuse Review. 2010;19(2):130–152. doi:10.1002/car.1112.
  9. Davis MK, Gidycz CA. Child sexual abuse prevention programs: a meta-analysis. J Clin Child Psychol. 2000;29(2):257–265. doi:10.1207/S15374424jccp2902_11. PMID: 10802834.
  10. Wurtele SK. Preventing sexual abuse of children in the twenty-first century: preparing for challenges and opportunities. Journal of Child Sexual Abuse. 2009;18(1):1–18. doi:10.1080/10538710802584650.