リード
「軽い病気」という印象がつきまとうおたふくかぜ(流行性耳下腺炎: ムンプスウイルスによる感染症で、耳の下にある耳下腺が腫れ発熱を伴う。一般に「おたふくかぜ」と呼ばれる)だが、合併症のひとつである難聴: 音が聞き取りにくくなる状態。ムンプス後の難聴は片側性で内耳の障害により永続することが多いは一側性で不可逆的に残ることがある。治療法がなく、後から取り戻せない——という点でムンプスウイルス後遺症の中でも特殊な位置を占める。
日本ではおたふくかぜワクチンが定期接種に組み込まれていないため、接種するかどうかの判断が保護者に委ねられる。この記事ではムンプスの合併症の頻度と、ワクチンに関する現状の知見を整理する。
ムンプスの合併症の現実
ムンプスウイルスの感染は耳下腺炎だけにとどまらない。Hviidらの総説によれば、合併症として無菌性髄膜炎: 細菌ではなくウイルスによって脳と脊髄を包む髄膜に起こる炎症。多くは自然軽快するが頭痛・嘔吐・発熱が続くが1〜10%、精巣炎(思春期以降の男性)が20〜38%、そして感音性難聴: 内耳や聴神経の障害で生じる難聴。一度起きると回復しにくく、補聴器や人工内耳が必要になることもあるが1/15,000〜1/20,000の頻度で報告されている [1]。
数字だけ見ると難聴の頻度は低く感じられるかもしれないが、問題は「一側性でほぼ永続する」という性質にある。内耳への直接的なウイルス浸潤と血管障害が原因とされており、発症してから治療する手段がほとんどない [1,3]。小児後天性一側性難聴の原因として、ムンプスウイルスは無視できない存在だ。
無菌性髄膜炎は多くが自然軽快するが、脳炎を合併した場合は予後が重篤になる場合もある。
なぜ「任意接種」のままなのか
MMRワクチンの一部として世界の多くの国でムンプスワクチンが定期接種に組み込まれている中で、日本では任意接種の位置づけが続いている。
歴史的背景として、1989〜1993年に使用されたMMRワクチン(ウルベ株)で無菌性髄膜炎が多発したことが日本でのMMR中止につながった。以降、おたふくかぜワクチンは単独で任意接種として続いており、「ワクチン株による無菌性髄膜炎リスク」と「ムンプス感染による合併症リスク」の天秤が接種推進の議論に影を落としてきた [1]。
ただし現在使用されているおたふくかぜ単味ワクチン(RIT4385株等)は、問題となったウルベ株とは異なる。日本小児科学会は定期接種化を提言しており、接種を推奨する立場を表明している [5]。
1回接種では不十分な理由
1回接種後のムンプスへのブレイクスルー感染(接種済みでも感染すること)は報告によって異なるが、20〜30%程度の再感染率が示されている [2,4]。集団での流行が発生した場合、1回接種者が感染源になるケースも記録されている [2]。
このため、2回接種(MRワクチンに合わせて1歳前後と就学前年度)が学会として推奨されている。母子手帳を確認して1回しか記録がない場合、2回目の接種についてかかりつけ医に相談することが選択肢となる。
接種に関する判断のために
- MRワクチンの定期接種(1歳の1期、小学校入学前年度の2期)と時期を合わせておたふくかぜワクチンを同時接種することができる。費用は自費になるが、感染のリスクと費用・手間を比較する判断の材料になる。
- 感染後に「片耳の聞こえが悪い」と感じた場合、または周囲がうるさい場所では聞き返しが多いと感じる場合は、耳鼻科での聴力検査を早めに検討する。難聴は本人が気づきにくいことがある。
- ワクチンを打った後でも感染する可能性はゼロではないが、重症化・合併症のリスクは低下する。
まとめ
ムンプスの「難聴」という合併症は頻度は低くとも、一度起きると取り戻せない。1回接種では防御が不完全なケースがあり、2回接種の意義は複数の研究で示されている。任意接種であることは「接種しなくていい」ではなく「自分で判断を求められる」ことを意味する。合併症の実態とワクチンの現状を知った上で、かかりつけ医と相談することが出発点になる。
References
- Hviid A, Rubin S, Mühlemann K. Mumps. Lancet. 2008;371(9616):932–944. doi:10.1016/S0140-6736(08)60419-5. PMID: 18342688.
- Barskey AE, Schulte C, Rosen JB, et al. Mumps outbreak in Orthodox Jewish communities in the United States. N Engl J Med. 2012;367(18):1704–1713. doi:10.1056/NEJMoa1202865. PMID: 23113481.
- Vuori M, Lahikainen EA, Peltonen T. Perceptive deafness in connection with mumps. Acta Otolaryngol. 1962;55:231–236. PMID: 13901779.
- Yoshida N, Fujino M, Miyazaki C, et al. Mumps virus reinfection is not a rare event confirmed by viral isolations in mumps patients with previous mumps vaccination. J Med Virol. 2008;80(3):517–523. doi:10.1002/jmv.21091. PMID: 18205197.
- 日本小児科学会. おたふくかぜワクチン接種の推奨(2015). [任意接種における学会の立場表明]