リード
「中耳炎になったら抗菌薬(抗生剤)を飲む」。かつてはほぼ自明のこととして広まっていたこの認識は、2013年の米国小児科学会(AAP)ガイドライン改訂以降、大きく変わった [1]。条件を満たす場合には「watchful waiting(慎重な経過観察)」が推奨され、抗菌薬の即時投与が必須ではない状況が整理された。日本でも2018年改訂の診療ガイドラインで同様の考え方が示されている [5]。なぜ変わったのか、その背景と実際の対応の選択肢を整理する。
急性中耳炎の頻度と原因
急性中耳炎は乳幼児の最も一般的な細菌感染症の一つで、3歳までに60〜70%の子が少なくとも1回は経験するとされる [1]。原因は鼻咽腔に常在する細菌(肺炎球菌: 急性中耳炎・肺炎・髄膜炎の主要原因菌。ワクチンで予防できる、インフルエンザ菌、モラクセラ・カタラーリス)が風邪などのウイルス感染を契機に耳管: 鼻咽頭と中耳腔をつなぐ管。この経路で細菌が中耳に波及するを通じて中耳腔に波及することで起こる。ウイルス単独が原因の場合も一定数ある。
リスク因子として、保育園通所、受動喫煙、哺乳瓶での仰臥位授乳などが報告されている [1]。肺炎球菌ワクチン(PCV13/PCV15)の普及により、肺炎球菌による中耳炎は減少傾向にある。
watchful waitingとは何か
2013年のAAPガイドラインが示したのは、急性中耳炎のすべてに即時の抗菌薬投与が必要なわけではないという整理だ [1]。
即時の抗菌薬投与が推奨される状況は以下だ。
- 月齢6ヶ月未満
- 両側性の中耳炎
- 鼓膜穿孔があり耳から液体が出ている
- 重症(39℃以上の高熱、または激しい耳痛が48時間以上)
一方、watchful waiting(48〜72時間の経過観察)が選択肢となる状況は以下だ。
- 6ヶ月〜2歳で片側性、かつ軽症(高熱なし、耳痛が中等度以下)
- 2歳以上で片側性または両側性だが軽症
Watchful waitingを選んだ場合、48〜72時間以内に症状が悪化または改善しなければ抗菌薬を開始する。この判断を保護者と医師が共有して行うことが前提だ。
この方針の根拠になった無作為比較試験では、2歳以上の軽症中耳炎では60〜80%が抗菌薬なしで自然に回復することが示された [2,3]。
抗菌薬を使う場合の選択
抗菌薬が適応と判断された場合の第一選択はアモキシシリンだ。日本を含む多くの国で耐性菌の比率が増加しており、AAPガイドラインでは高用量(40〜90 mg/kg/日)が推奨されている [1]。治療期間は重症度・年齢により5〜10日間が一般的だ。
フィンランドで行われたプラセボ対照無作為比較試験(Tähtinen 2011)では、抗菌薬投与群の治療成功率はプラセボ群より有意に高く、症状改善の短縮に関してNNT: 治療必要数(Number Needed to Treat)。1人に治療効果を得るために何人に投与が必要かを示す指標(治療必要数)は8という結果だった [2]。つまり8人に抗菌薬を投与することで1人の症状改善が得られる計算になる——これは「ほとんど効かない」ではなく「条件によっては意味のある効果がある」というエビデンスだ。ただし下痢などの副作用はプラセボ群の約2倍発生することも記録されており [2]、この数字が「軽症では様子を見てよい」という判断を支える背景の一つになっている。
ペニシリン耐性と再発・反復性中耳炎
耐性肺炎球菌(PRSP)の増加は多くの国で課題となっており、アモキシシリン高用量が推奨される理由だ。それでも改善しない場合はアモキシシリン・クラブラン酸(オーグメンチン)への変更が検討される。
6ヶ月以内に3回以上、または12ヶ月以内に4回以上の反復性中耳炎: 短期間に急性中耳炎を繰り返す状態。鼓膜換気チューブ挿入の適応を検討するでは、鼓膜換気チューブ: 鼓膜に小さな切開を加えて挿入するチューブ。中耳腔を換気し再発を予防する挿入が選択肢として検討される [4]。これは中耳腔の換気を持続させ、再発頻度を減らす外科的処置だ。
行動レベルへの落とし込み
- 子どもが耳を痛がっても、月齢・症状・片側か両側かによって「48時間様子を見る」が選択肢の一つになりうることを知っておく
- 抗菌薬を処方された場合は、処方された期間(5〜10日)を最後まで飲み切ることが耐性菌対策の観点からも重要
- 発熱・耳痛の強さ・哺乳/飲食の変化、発症日を記録しておくと、かかりつけ医との診断の共有に役立つ
- 48〜72時間様子を見た後に悪化または改善がない場合は再受診する
まとめ
急性中耳炎の診療は「中耳炎=抗菌薬」から「条件に応じた判断」へと変化した。この変化の背景は、軽症例では自然治癒する率が高いというエビデンスと、抗菌薬の副作用・耐性菌増加への懸念だ。watchful waitingは「何もしない」ではなく、再診のタイミングと悪化サインを共有した上での積極的な観察だ。
References
- Lieberthal AS, Carroll AE, Chonmaitree T, et al. The diagnosis and management of acute otitis media. Pediatrics. 2013;131(3):e964–e999. doi:10.1542/peds.2012-3488. PMID: 23439909.
- Tähtinen PA, Laine MK, Huovinen P, Jalava J, Ruuskanen O, Ruohola A. A placebo-controlled trial of antimicrobial treatment for acute otitis media. N Engl J Med. 2011;364(2):116–126. doi:10.1056/NEJMoa1007174. PMID: 21226577.
- Hoberman A, Paradise JL, Rockette HE, et al. Treatment of acute otitis media in children under 2 years of age. N Engl J Med. 2011;364(2):105–115. doi:10.1056/NEJMoa0912254. PMID: 21226576.
- Rosenfeld RM, Schwartz SR, Pynnonen MA, et al. Clinical practice guideline: tympanostomy tubes in children. Otolaryngol Head Neck Surg. 2013;149(1 Suppl):S1–S35. doi:10.1177/0194599813487302. PMID: 23818543.
- 日本耳科学会・日本小児耳鼻咽喉科学会. 小児急性中耳炎診療ガイドライン 2018年版. 金原出版; 2018.