執筆上の配慮について 本記事は自傷行為を扱う。手段の詳述は行わない。自傷を感情調節の「機能する手段」として描写するにとどめ、正当化・促進する文脈を作らない。虐待通告義務については、保護者が「気づいた側」になる場合の実務的文脈から解説する。本文末尾に相談先を掲載する。
リード
傷に気づいた時、多くの保護者は「なぜ?」という問いを持つ。同時に、その問いを子どもに向けることをためらう。怒ってしまいそうで、追い詰めてしまいそうで、何を言えばいいかわからない。
自傷行為は「問題行動」ではなく、感情の調節がうまくいかないときのSOSとして理解することができる。この理解から始めることで、「なぜ」の問い方が変わり、子どもが話せる回路が開かれやすくなる。
非自殺的自傷行為(NSSI)の定義と機能
DSM-5-TRの位置づけ
非自殺的自傷行為: Non-Suicidal Self-Injury、NSSI。自殺の意図はなしに故意に自分の体を傷つける行為。多くは感情調節の手段として機能している(Non-Suicidal Self-Injury: NSSI)は、自殺の意図なしに故意に自分の身体を傷つける行為だ [3]。これは自殺企図とは区別される——切ることで死のうとしているわけではなく、むしろ「生きていくための対処」として機能していることが多い。
しかし NSSI は、長期的には自殺リスクの上昇と関連するため [1]、「死のうとしていないから安心」という判断には注意が必要だ。
感情調節のメカニズム
なぜ身体を傷つけることが「感情調節の機能を持つ」のか。研究が示す説明は複数あるが、代表的なものとして、感情の「見えない苦しさ」を「見える痛み」に変換することで、コントロール感や具体的な感覚を得るという機能がある [1]。あるいは、解離: 強いストレスから身を守るために、感情や感覚、自分という意識から心が「離れて」しまう反応。「ぼーっとして現実感がない」と表現されることが多い状態(「ぼーっとしている」「感覚がない」)から抜け出すための刺激として機能することもある。
「なぜそんなことをするの」という問いが有効でない理由は、本人が「なぜ」を言語化できていないことが多いためだ。感情の調節手段として身体が学習してしまっており、それが衝動的に出るという構造がある。
初発年齢と有病率
NSSI の生涯有病率は青年期で 17〜18% と報告されており [2]、決して珍しくはない。初発年齢のピークは 12〜14 歳だが、10〜11 歳からの報告も増加している。学童期高学年は、初発が始まりうる時期として認識しておく必要がある。
抜毛症(トリコチロマニア)は、毛髪を繰り返し引き抜く行為で、強迫関連症スペクトラムに位置づけられる。学童期女児に比較的多く見られ、有病率は 0.5〜2% とされる。自傷と同一ではないが、感情調節の困難という共通軸を持つことが多い。
PTSDの小児版症状プロファイル
6歳以上の基準
DSM-5-TR は小児 PTSD について、6歳未満と6歳以上で別の診断基準を設けている [3]。6歳以上の基準は成人とほぼ同様だが、症状の表れ方は年齢によって異なる。
- 再体験: 悪夢(内容が明確でないことがある)、遊びの中でのトラウマ場面の再演、侵入的な記憶(フラッシュバック)
- 回避: 特定の場所・話題・活動の回避、感情の麻痺
- 過覚醒: 些細な刺激への過反応、睡眠困難、過敏なおびえ反応(hypervigilance)
「遊びの中でのトラウマ再演」は、子ども特有の再体験の形だ。ごっこ遊びで繰り返し虐待場面を演じる、といった形で現れることがある。保護者や保育者が「なぜこの遊びを繰り返すのか」と感じたとき、その遊びの内容に注意を払う価値がある。
複雑性PTSD(ICD-11)
一度きりの出来事ではなく、繰り返す虐待・ネグレクト・家庭内暴力への曝露後に生じるのが複雑性PTSD: Complex PTSD、C-PTSD。長期反復する外傷体験のあとに生じるPTSD亜型。ICD-11で独立した診断として収載された(C-PTSD)だ [7]。ICD-11 には独立した診断として掲載されており、通常の PTSD 症状に加えて、自己組織化障害(感情調節の困難、否定的な自己概念、対人関係の困難)が前景に出る。
「自分はダメだ」「どうせ誰も信用できない」「感情をコントロールできない」という状態は、「性格」ではなく神経生物学的な適応反応として理解できる。
補論: 児童虐待の通告義務
「虐待の通告」は医療・福祉の専門家だけが行うものではない。
児童虐待の防止等に関する法律(児童虐待防止法)第6条は、「何人も(=すべての人が)」虐待を受けたと思われる子どもを発見した場合に、市区町村・福祉事務所・児童相談所に通告する義務を課している [6]。「確実な証拠がない」「もしかしたら違うかもしれない」という状況でも、「疑われる」だけで通告の要件は満たされる。
通告は逮捕ではない。通告を受けた機関が事実確認を行い、必要な支援につなぐ。通告者の氏名は原則として開示されない。「通告したら家族関係が壊れる」という恐れは理解できるが、通告しないことで子どもが置かれ続ける危険と比較して判断する必要がある。
保護者自身が、友人の子・知人の子・子どもの友達に対してこのような疑いを持つことがある。その場合も、迷わず地域の子ども家庭支援センターまたは189(いちはやく)(児童相談所全国共通ダイヤル)への相談が最初の選択肢になる。
行動レベルへの落とし込み
自傷に気づいたとき、最初の対応として以下が参考になる。
- 冷静に受け止める: 「なんでそんなことしたの」ではなく「気づいた、話してほしい」という姿勢
- 安全の確認: 傷の状態を確認し、医療的処置が必要な場合はまず対処する
- 一人で抱えない: その日のうちにスクールカウンセラー、かかりつけ小児科、または以下の相談先に連絡する
自傷が繰り返されている場合、弁証法的行動療法: Dialectical Behavior Therapy、DBT。感情調節や対人スキル、苦痛耐性を体系的に学ぶ心理療法。境界性パーソナリティ症や自傷の治療で有効性が確立している(DBT)の要素を取り入れた心理療法が研究で有効性を示している [1]。専門機関への接続が重要だが、「精神科に行くほどのことではないのでは」という迷いが受診を遅らせる最大の原因になる。迷っているなら相談を——これは専門家が一致して推奨する立場だ。
育児記録の観点からは、自傷に至る前後の状況・子どもの言動・日常の変化を記録しておくことが専門家への情報提供を助ける。「最初に気づいたのはいつか」「何かきっかけに思い当たることがあるか」という問いへの答えは、過去の記録があれば精度が上がる。
まとめ
自傷は感情調節の破綻として生じるSOSであり、「問題行動」として叱責や管理で対応するものではない。学童期高学年からの初発は増加傾向にある。PTSDと自傷は、同じ「感情調節の困難」という軸で理解できる関係にある。
気づいた保護者がすべきことは、一人で抱えないことだ。相談先はある。
相談先
- 189(いちはやく): 児童相談所全国共通ダイヤル(24時間)
- 子どもの人権110番: 0120-007-110(無料・平日8:30〜17:15、法務省)
- よりそいホットライン: 0120-279-338(24時間)
- かかりつけ小児科 / スクールカウンセラー: 最初の相談先として最もアクセスしやすい
References
- Nock MK. Self-injury. Annu Rev Clin Psychol. 2010;6:339–363. doi:10.1146/annurev.clinpsy.121208.131258. PMID: 20192787
- Swannell SV, Martin GE, Page A, Hasking P, St John NJ. Prevalence of nonsuicidal self-injury in nonclinical samples: systematic review, meta-analysis and meta-regression. Suicide Life Threat Behav. 2014;44(3):273–303. doi:10.1111/sltb.12070. PMID: 24809774
- American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 5th ed., Text Revision (DSM-5-TR). Washington DC: APA; 2022.
- Copeland WE, Keeler G, Angold A, Costello EJ. Traumatic events and posttraumatic stress in childhood. Arch Gen Psychiatry. 2007;64(5):577–584. doi:10.1001/archpsyc.64.5.577. PMID: 17485609
- Grant JE, Chamberlain SR. Trichotillomania. Am J Psychiatry. 2016;173(9):868–874. doi:10.1176/appi.ajp.2016.15111432. PMID: 27581696
- 児童虐待の防止等に関する法律(児童虐待防止法). 平成12年法律第82号. 第6条.
- World Health Organization. ICD-11: International Classification of Diseases, 11th Revision. Geneva: WHO; 2019. Code 6B41 (Complex PTSD).