執筆上の配慮について 本記事は子どもの希死念慮を含むテーマを扱う。WHO Safe Messaging Guidelines on Suicide(2021年版)[5]、および厚生労働省「自殺報道ガイドライン」[6] に基づき、手段の詳述は行わない。自傷・自殺を問題の「解決策」として提示しない。「子どもだから安心」という誤解を排しつつ、過剰な恐怖喚起も避ける。本文末尾に相談先を掲載する。
リード
子どものうつは、「落ち込んだ顔をして部屋に引きこもる」という姿でやってくるとは限らない。イライラしている、学校が嫌だと言う、腹痛を繰り返す、以前好きだったことに興味を示さなくなった——そういった変化が積み重なった先に、初めてうつの可能性が見えてくることが多い。
学童期(6〜12歳)のうつ: 抑うつ障害の総称。持続的な気分の落ち込み・興味喪失・睡眠変化などを特徴とし、学童期では成人と異なりイライラや身体症状として現れやすいの有病率は2〜3%とされており、思春期(13〜18歳)に向けて急増していく [1]。数字だけ見れば「少ない」と思うかもしれないが、30人学級に1人近い計算になる。そして未治療のうつは3〜5年以内の再発率が約70%に上るという報告もある [1]。「成長とともに自然に解決する」と待つだけでは、長期的なリスクを積み上げることになりかねない。
学童期うつの症状プロファイル
成人と異なる出方
成人のうつでは「悲しみ」「抑うつ気分」「喜びが感じられない」が中心的な症状として現れることが多い。しかし学童期では、これが前景に出にくい。代わりに現れやすいのが以下のような変化だ [2]。
- イライラ・かんしゃく: 些細なことで爆発する、怒りっぽくなった
- 退屈感・無気力: 何をしても楽しくないと言う、ぼーっとしていることが増えた
- 身体愁訴: 頭痛・腹痛・疲労感が続く(検査では異常なし)
- 集中困難: 宿題に取りかかれない、授業中ぼんやりしていると言われる
- 睡眠の変化: 寝つきが悪い、朝起きられない、または過眠
「仮病ではないか」「最近反抗的だ」「怠けているのか」——これらはすべて、学童期うつが誤読されやすいラベルだ。
「学校ではふつう」に見える
仮面うつとも呼ばれる現象として、学校や外では何とか普通に過ごしているが、家に帰ると崩れるというパターンがある。学校という構造化された環境では、子どもが意識・無意識に「ふつうに見せる」努力をしているためだ。教師の観察だけでは見えにくく、家庭での様子の変化が最も重要な情報になる。
保護者がある種の「観察者」として機能することが、この時期の早期発見に大きく貢献する。「最近何かが変わった」という直感は、データとして価値がある。
Children's Depression Inventory (CDI)
小児うつのスクリーニング: screening。症状がある可能性のある人を集団の中から早期に見つけ出すための検査・質問票。診断とは異なるに広く使われる評価尺度として、Kovacs が開発した CDI(子ども用うつ評価尺度)がある [1]。5因子・27項目から構成され、子ども自身が回答する自己記入式の尺度だ。臨床の場での診断補助として用いられ、総スコア19点以上が臨床的に有意とされることが多い [1]。
CDI はスクリーニングツールであり、診断ではない。スコアが高くても必ずしもうつと診断されるわけではないし、低くても医療機関への相談が不要というわけではない。ただ、「うちの子に何かあるかもしれない」という感覚を確認する一助にはなる。
保護者向けとして日本語訳版を公開している医療機関もあり、かかりつけの小児科や学校のスクールカウンセラーに相談する際に参考情報として持参することができる。
子どもの希死念慮
子どもに希死念慮: 死にたい・消えてしまいたいという思考・欲求。自殺念慮とも呼ばれ、発言があった場合は直接確認と専門家への相談が推奨される(死にたいという気持ち)はない——そういう前提は、事実に反する。
米国の大規模コホート研究(ABCD Study)では、9〜10歳の子どもの約8.6%(子ども自己申告ベース)が何らかの希死念慮を生涯に経験したと報告している [3]。保護者報告と合算すると14%台に達するという推計もある [3]。また、若者の自殺に関する国際的なレビューでは、学童期後半から希死念慮の報告率が統計的に上昇し始めることが示されている [7]。これは「まさか小学生が」という感覚が、データに基づく認識からずれていることを示している。
希死念慮の存在は、すぐに「何かが起きる」を意味しない。しかし、その発言や変化を流さないことが重要だ。
「死にたい」と言われたとき、どう対応するか。
「そんなことを言わないで」「大げさ」と打ち消すことは、子どもが助けを求める回路を閉じる可能性がある。一方で、親が過剰にパニックになることも、子どもが「もう言えない」と感じる原因になる。WHO ガイドラインが推奨する基本姿勢は、「受け止めてから、専門家につなぐ」 だ [5]。
「それだけ苦しかったんだね」と言葉を受け取り、その日のうちにスクールカウンセラーや小児科、または以下の相談先に連絡することを検討してほしい。
行動レベルへの落とし込み
うつに対して効果が示されている治療としては、認知行動療法(CBT)や対人関係療法: IPT。抑うつ症状を対人関係の問題(悲嘆・役割変化・対立・孤立)と結びつけて整理する短期心理療法(IPT)がある [4]。学童期では薬物療法に先んじて心理療法が推奨されることが多いが、重症例では薬物療法との組み合わせも選択肢になる。専門家の判断を仰ぐことが前提だ。
家庭でできることとして研究が示唆しているのは、「安全な関係を維持すること」 の重要性だ。うつの子どもは自己否定的な認知(「自分はダメだ」「消えてしまえばいい」)を抱えやすい。「あなたのことが心配だ」「話してくれてよかった」という言葉は、その認知に対するひとつの反証として機能する。
育児記録を続けてきた保護者は、「以前はこんなに楽しそうだった」という比較対象を持っている。それは子どもの変化を客観的に伝えるための、重要な情報源になる。受診時に「いつ頃から」「どんな変化があったか」を具体的に話せることは、診察を大きく助ける。
まとめ
学童期のうつは見えにくい。イライラ、身体症状、無気力という形でやってくる。希死念慮は9歳以降から統計的に立ち上がり、「子どもだから」は安全の根拠にはならない。
しかし、早く気づけば、有効な治療がある。変化に気づいた保護者が相談先につなぐことは、その子の選択肢を広げることになる。
「死にたい」という言葉には、受け止める姿勢で向き合ってほしい。そして、一人で抱えず、専門家に相談することを。
相談先(日本)
- 子どもの人権110番: 0120-007-110(無料)
- よりそいホットライン: 0120-279-338(24時間)
- いのちの電話: 0120-783-556(毎日16〜21時、毎月10日は8〜8時)
- かかりつけ小児科 / スクールカウンセラー — 最初の相談先として最もアクセスしやすい
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- 291 子どもの自殺予防と手段制限(means restriction) — 症状の観察(本記事)と環境的予防(291)は車の両輪:家庭内の薬・刃物の保管変更など構造的アプローチ
References
- Kovacs M. Children's Depression Inventory (CDI): Technical Manual Update. North Tonawanda: Multi-Health Systems; 1992.
- Ghandour RM, Sherman LJ, Vladutiu CJ, et al. Prevalence and treatment of depression, anxiety, and conduct problems in US children. J Pediatr. 2019;206:256–267. doi:10.1016/j.jpeds.2018.09.021. PMID: 30322701
- DeVille DC, Whalen D, Breslin FJ, Morris AS, Khalsa SS, Paulus MP, Barch DM. Prevalence and family-related factors associated with suicidal ideation, suicide attempts, and self-injury in children aged 9 to 10 years. JAMA Netw Open. 2020;3(2):e1920956. doi:10.1001/jamanetworkopen.2019.20956. PMID: 32031652
- Zuckerbrot RA, Cheung A, Jensen PS, Stein REK, Laraque D; GLAD-PC Steering Group. Guidelines for adolescent depression in primary care (GLAD-PC): part I. Pediatrics. 2018;141(3):e20174081. doi:10.1542/peds.2017-4081. PMID: 29483200
- World Health Organization. Live Life: An Implementation Guide for Suicide Prevention in Countries. Geneva: WHO; 2021. ISBN: 978-92-4-002501-1
- 厚生労働省. 自殺対策推進センター. 自殺報道ガイドライン. https://www.mhlw.go.jp/content/000526937.pdf
- Bilsen J. Suicide and youth: risk factors. Front Psychiatry. 2018;9:540. doi:10.3389/fpsyt.2018.00540. PMID: 30425663