リード
子どもの誕生日パーティが終わった後、300枚の写真を撮ったのに、肝心の「あの顔」が思い出せない——という経験がある人は少なくないはずだ。ケーキに初めて火がついた瞬間、子がどんな表情をしていたか。何色のシャツを着ていたかは写真で確認できる。しかし、あの場の空気、子の声、鼻をくすぐった甘い匂いは、なぜか記憶に薄い。
これは親の注意力が足りなかったせいではない。カメラを向けることが、記憶の形成そのものを妨げるという現象が、認知心理学の実験で確認されている。
博物館実験が明かしたこと
2014年、米国のリンダ・ヘンケルが、博物館ツアーを使った実験を発表した [1]。参加者は博物館の展示物を「観察するだけ」か「写真を撮る」かの条件で見て回り、翌日に記憶テストを受けた。
結果は明快だった。写真を撮った対象は、観察のみの対象より記憶の正答率が有意に低かった。撮った瞬間に記憶への符号化: encodingの訳。経験を脳に「記憶」として書き込む段階を指す認知心理学の用語。注意の向け方が大きく影響する努力が薄れ、外部ストレージ(写真)に委託してしまうと解釈された。ヘンケル自身はこれを photo-taking impairment effect: 写真を撮ること自体が、撮った対象への記憶を弱めてしまう現象。「外部ストレージへの委託」が起きると説明される(撮影による記憶障害効果)と呼んだ。
ただし同実験には重要な条件があった。展示物をズームして撮影した場合、そのズームした部分の詳細は記憶に残りやすかったのだ。つまり問題は「撮ること」ではなく、「撮って終わること」にある可能性が高い。
この解釈はその後の研究でさらに精緻化されている。ソアレスとストームは 2018 年、写真を撮った直後に見返した場合には記憶障害効果が軽減することを示した [2]。「撮る」と「見返す」はセットで初めて記憶を補強する行為になりうる、ということだ。
育児記録に特有の問い
博物館の展示物と子どもの成長は、記録の文脈として決定的に異なる。展示物はまた明日も見られるが、子どもが初めてケーキのろうそくを吹いた瞬間は一度きりだ。この「一回性」が、育児における撮影の問いをより鋭くする。
バラッシュらは 2017 〜 2018 年にかけて、「共有を意図して写真を撮る」という行為が体験の主観的な楽しさを低下させることを示した [3]。撮ることよりも「うまく撮れているか」「これをどこに投稿するか」という思考が体験への没入を妨げるというメカニズムだ。SNS 全盛の時代に提示されたこの知見は、ソーシャルメディアの使用を制限すると孤独感と抑うつが減少するというハントらの研究とも遠くないところにある [4]。
一方で、タミルらは 2018 年、スマートフォンの「使用」それ自体が経験の記憶を弱めることを示している [5]。撮影するかどうかではなく、デバイスを手に持っている状態そのものが、体験への関与度を下げる可能性がある。
これらを総合すると、問いはシンプルになる。何をカメラに委ねて、何を自分の体験として持ち帰るか。
BeReal が可視化した価値の変容
2020 年代に入り、「盛らない記録」を志向するアプリの台頭が興味深い。BeReal は、通知から 2 分以内に前後カメラ同時で撮影するという設計で、フィルターも加工も持ち込む余地がない。これは、完璧な記録より「その瞬間にいた」という真正性を重視する価値観の表れとも読める。
育児における写真記録にも、同じ文脈は当てはまる。完璧な構図の誕生日写真より、ピンぼけだが子の動きが滲み出た1枚のほうが、10年後に見返したとき感情が動くことがある。記録の質は解像度とは別の軸で評価できる。
撮ることと覚えることの共存設計
ここで「スマホを置け」という結論に向かうのは、あまりに単純だ。育児記録は後から子に手渡せる唯一の資産でもある。ディールらの研究は、写真を後から見返す行為が体験の記憶を実際に補強することを示している [6]。記録と記憶は競合するだけでなく、組み合わせ方次第で相補的にもなりうる。
では、どう折り合いをつけるか。いくつかの方向性を示しておく。
「見返す」を記録サイクルに組み込む。撮った写真はその夜か翌朝に一度開き、1 行だけテキストを添える。「今日の顔」「食べた量」「言った言葉」の一言でいい。この「見返す」行為がソアレスらの示した記憶補強の起動因になる。Memori のような記録アプリを使えば、写真にテキストをペアで残す習慣が作りやすくなる。
最初の数分はカメラを置く。誕生日やお遊戯会など撮影意欲が高まる場面で、最初の 5 分はあえて撮らずに場に参加してみる。その後で 1〜2 枚撮ることで、体験の記憶と外部記録の両方が残る可能性が高い。
「撮らなかった日のメモ」を残す。写真ゼロの平日に 2〜3 行書いた記録が、後から最も鮮やかに場面を蘇らせることがある。これは写真の代替ではなく、写真が苦手な種類の記録——感情、においの記憶、子の声のトーン——を補う行為だ。
まとめ
写真は記憶を補強するが、撮ることは記憶の形成を妨げることがある。この事実は「撮るな」という命令ではなく、「何をカメラに委ねて、何を自分の体験として持ち帰るか」という選択の問いとして受け取れる。撮影と体験は二項対立ではなく、組み合わせの設計の問いだ。
子どもが大人になって、自分の 3 歳の誕生日を記憶していないのは当然のことだ。そのとき残るのは写真と、写真に添えられたテキストと、その日その場にいた親の記憶だ。三つが揃うとき、記録は単なるファイルを超えた意味を持つ。
References
- Henkel LA. Point-and-shoot memories: the influence of taking photos on memory for a museum tour. Psychol Sci. 2014;25(2):396–402. doi:10.1177/0956797613504438. PMID: 24311477.
- Soares JS, Storm BC. Forget in a flash: a further investigation of the photo-taking-impairment effect. J Appl Res Mem Cogn. 2018;7(1):154–160. doi:10.1016/j.jarmac.2017.10.004.
- Barasch A, Zauberman G, Diehl K. How the intention to share can undermine enjoyment: photo-taking goals and evaluation of experiences. J Consum Res. 2018;44(6):1220–1237. doi:10.1093/jcr/ucx104.
- Hunt MG, Marx R, Lipson C, Young J. No more FOMO: limiting social media decreases loneliness and depression. J Soc Clin Psychol. 2018;37(10):751–768. doi:10.1521/jscp.2018.37.10.751.
- Tamir DI, Templeton EM, Ward AF, Zaki J. Media usage diminishes memory for experiences. J Exp Soc Psychol. 2018;76:161–168. doi:10.1016/j.jesp.2018.01.006.
- Diehl K, Zauberman G, Barasch A. How taking photos increases enjoyment of experiences. J Pers Soc Psychol. 2016;111(2):119–140. doi:10.1037/pspa0000055. PMID: 27100366.