リード
「タミフルを飲むと異常行動が起きる」という報道が出たのは2007年のことだ。以来、多くの親がインフルエンザ診断のたびにこの問いに向き合ってきた。20年近くが経過し、この問いに対するエビデンスはどこに落ち着いているのか。
答えは単純ではない。異常行動は「タミフルの副作用」ではなく、「インフルエンザという感染症そのものの症状」としても起きうる。その上で、インフルエンザに罹患した子どもを一人にしないことが、タミフルの使用有無にかかわらず推奨されている。
異常行動はタミフルのせいか
2007年に日本でタミフルの10代への処方が原則禁止になった背景には、異常行動・転落事故の報告があった。しかし、この報告は「薬を使った後に起きた」という時系列であり、因果関係の検証は別の問いだ。
日本では2006/07シーズン以降、厚生労働省の研究班が全国の医療機関に、重度の異常行動(突然走り出す、飛び降りようとするなど、制止しなければ生命に関わりうる行動)の報告を求めてきた。7シーズン分・858例を(初年度を除き)前向き: 対象集団を事前に定めて、起きた出来事をその都度集めていく調査の形式に集めた解析では、異常行動の発生はインフルエンザの流行曲線と同じ形をたどり、使った薬の種類との特定の関連ははっきりしなかった [1]。全国のレセプトデータを分母に使った解析でも、重度の異常行動はどの抗ウイルス薬でも、抗ウイルス薬を使っていない患者でも報告されている [2]。2021/22シーズンまでのデータをまとめた解析も、オセルタミビルだけが異常行動のリスクを高めるわけではないと結論している [3]。
一方で、2018年に国の安全対策調査会がまとめた報告書は、タミフルと異常行動の関係に否定的な報告が多いとしつつ、交絡やバイアスの限界から「因果関係に明確な結論を出すことは困難」とも書いている [4]。確かに言えるのは、異常行動が薬の有無にかかわらずインフルエンザそのものに伴って起きる、という点だ [4]。
これを受けて厚生労働省は2018年8月、タミフルの10代への使用を原則差し控えるとしていた警告を削除し、異常行動への注意を全ての抗インフルエンザ薬の添付文書に共通して記載するよう改訂を指示した(医薬品医療機器総合機構: 医薬品・医療機器の安全性を審査・監視する日本の公的機関〈PMDA〉が公表)[5]。タミフル特有の問題として扱わなくなったのは、このエビデンスの積み重ねに基づく。
他の抗ウイルス薬との比較
重度の異常行動は、ラニナミビル(イナビル)などタミフル以降に登場した薬を使った患者でも報告されており、タミフルだけが突出して高いという傾向は見られていない [2][3]。2018年に登場したバロキサビル(ゾフルーザ)も、同じ改訂で異常行動への注意の対象に含まれている [5]。コクランシステマティックレビュー: 複数の臨床試験を網羅的に収集・統合して治療効果を定量的に評価した系統的文献総括はノイラミニダーゼ阻害薬: インフルエンザウイルスの感染拡大に必要な酵素を阻害する抗ウイルス薬の総称の有効性と害を評価しており、オセルタミビルは症状が和らぐまでの期間を成人で約17時間、喘息のない子どもで約29時間短縮した [6]。同じレビューは、成人の予防投与の試験でオセルタミビル群に精神症状の有害事象がわずかに多かったことも報告している [6]。
「タミフルが特に危ない」という前提は、現在の知見では支持されていない。処方にあたっては、薬の選択より「発熱から少なくとも2日間は一人にしない」という行動面の対策が、すべての薬剤に共通して推奨されるようになっている。
インフルエンザ脳炎・脳症という別の問い
異常行動の背景として忘れてはならないのが、インフルエンザ脳炎・脳症だ。日本では毎年インフルエンザに関連した脳炎・脳症が報告されており、意識障害・痙攣・精神症状を伴う。1998〜99年シーズンの全国調査では主に5歳未満に発症し、死亡率は約32%、後遺症率は約28%と高かった [7]。
異常行動が「病気由来」か「薬由来」かという議論の一方で、インフルエンザ関連脳症という重篤な合併症が存在することも知っておく必要がある。「高熱が続く」「ぐったりして呼びかけに反応が薄い」「けいれんする」「急に変な言動が出た」場合は、抗ウイルス薬の使用有無にかかわらず速やかな受診が必要だ。
家庭でできること
家庭で押さえておきたいのは、以下の2点だ。
発熱から少なくとも2日間は一人にしない: 厚生労働省の通知と添付文書が、薬の有無にかかわらず求めている対策だ [4][5]。特に就寝中の転落・飛び出しを防ぐため、一人部屋での就寝は避ける。玄関や窓の施錠を確認し、ベランダに面していない部屋で寝かせる。
重症化サインを見逃さない: 意識障害・痙攣・高熱の持続・哺乳・経口摂取の著しい低下は、救急受診の目安になる。
抗ウイルス薬を使うかどうかは、本記事の主題である「異常行動」とは別の論点として整理できる。発症 48 時間以内の使用で症状期間が半日〜1日程度短縮するという効果と、消化器症状などの薬剤本来の副作用との天秤で、医師と相談して決めるのが筋になる [6]。「異常行動が怖いから使わない」という判断軸は、本記事で整理してきた現在のエビデンスでは支持されない。
まとめ
タミフルと異常行動の関連は、現在の知見では「タミフルだけがリスクを高めるという証拠はない」という方向に向かっている(因果関係について明確な結論は出ていない)。異常行動はインフルエンザ感染症そのものにも関連する。2018年の添付文書改訂はその整理を反映している。「2日間は一人にしない」という行動対策は、どの薬を使っても使わなくても有効だ。
References
- Nakamura Y, Sugawara T, Ohkusa Y, et al. Abnormal behavior during influenza in Japan during the last seven seasons: 2006-2007 to 2012-2013. J Infect Chemother. 2014;20(12):789–793. doi:10.1016/j.jiac.2014.08.016. PMID: 25284815.
- Nakamura Y, Sugawara T, Ohkusa Y, et al. Severe abnormal behavior incidence after administration of neuraminidase inhibitors using the national database of medical claims. J Infect Chemother. 2018;24(3):177–181. doi:10.1016/j.jiac.2017.10.001. PMID: 29273435.
- Sugawara T, Ohkusa Y, Taniguchi K, et al. Association of severe abnormal behavior of influenza patients and administered anti-influenza virus drugs: 2006-2022. Int J Infect Dis. 2026;166:108553. doi:10.1016/j.ijid.2026.108553. PMID: 41862079.
- 薬事・食品衛生審議会 医薬品等安全対策部会 安全対策調査会. タミフルと異常行動等の関連に係る報告書. 2018. https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000341848.pdf
- 厚生労働省医薬・生活衛生局医薬安全対策課長通知. 抗インフルエンザウイルス薬の「使用上の注意」の改訂について(平成30年8月21日 薬生安発0821第1号). 2018.
- Jefferson T, Jones MA, Doshi P, et al. Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in adults and children. Cochrane Database Syst Rev. 2014;(4):CD008965. doi:10.1002/14651858.CD008965.pub4. PMID: 24718923.
- Morishima T, Togashi T, Yokota S, et al. Encephalitis and encephalopathy associated with an influenza epidemic in Japan. Clin Infect Dis. 2002;35(5):512–517. doi:10.1086/341407. PMID: 12173123.