1. Memori
  2. ›
  3. コラム

食品添加物の都市伝説解体 — 亜硝酸塩、リン酸塩、保存料

執筆: 森口 蓮音2026年5月14日 公開2026年5月18日 更新読了時間 約 8 分English version available
対象
乳幼児の食事を管理する保護者

3行まとめ

  • ·IARCの発がん性分類は「証拠の強さ」であってリスクの大きさではなく、加工肉の絶対リスク増加は生涯罹患率が数%から数%弱へという規模感だ
  • ·リン酸塩の腎機能影響研究は慢性腎不全患者が対象であり、健常な乳幼児への外挿には根拠がない
  • ·リスクを正確に読むには物質名ではなく「誰に」「どれだけ」という文脈が不可欠で、特定成分の排除は食事多様性を損なうコストと比較する必要がある

目次

  1. リード
  2. 亜硝酸塩と IARC Group 1 — 証拠の強さはリスクの大きさではない
  3. リン酸塩と腎機能 — 対象集団の読み違い
  4. 安息香酸ナトリウム+ビタミンC=ベンゼン — 規模感の話
  5. 防かび剤(OPP・TBZ・イマザリル)— 輸入柑橘類の表示を読む
  6. 行動レベルへの落とし込み
  7. まとめ
  8. References

リード

「ハムには発がん性がある」「リン酸塩は腎臓に悪い」「保存料は体に蓄積する」——育児メディアやSNSでこうした言説に接したことのある人は多いだろう。これらはまったくの嘘ではない。だが文脈を取り除いたまま流通しているために、現実のリスクとは大きくかけ離れた恐怖を生んでいる。

本記事では、代表的な添加物に関する「都市伝説」を、それぞれの根拠となった一次資料に立ち返りながら解体する。前提となるリスク評価の枠組み(ADI、NOAEL、安全係数)については、本シリーズの基礎記事(記事101)を参照してほしい。


亜硝酸塩と IARC Group 1 — 証拠の強さはリスクの大きさではない

ハム・ソーセージなどの加工肉が「発がん性物質」として語られる際に根拠とされるのは、2015年に国際がん研究機関(IARC)が発表した評価だ。IARC は10か国22人の専門家による作業部会で800件超の疫学研究を検討した結果、加工肉をグループ1(ヒトに対して発がん性がある)に分類した [1]。この発表は大きく報道され、「ハムはタバコと同じグループ」という言説が広まった。

ただし、この分類が意味するのは証拠の強さであって、リスクの大きさではない。IARCのグループ分類は「その物質ががんを引き起こすという証拠がどれほど確実か」を示すものであり、日常的な摂取量でどれほどのリスクが増加するかを直接示すものではない [1,2]。

同評価によれば、加工肉を1日50 g摂取するごとに大腸がんリスクが約18%相対的に: ある群の発症率を別の群と比較した倍率で表したもので、絶対的なリスクの大きさとは異なる上昇するという推定がある [1]。これを絶対リスクで見ると、大腸がんの生涯罹患リスクが約5〜6%から6%弱に増加する程度の変化だ。同じグループ1には日光暴露や飲酒も含まれるが、それらとのリスクの大きさは大きく異なる。

乳幼児の食事に加工肉が毎日大量に含まれることはまれであり、親が乳幼児向けに「発がん物質だから一切排除」と過度に構える必要はない。一方で、大人の食事として週に複数回大量に摂取する習慣があるなら、多様な食品構成を意識することには根拠がある。


リン酸塩と腎機能 — 対象集団の読み違い

リン酸塩は保存・結着・pH調整を目的にハム・チーズ・清涼飲料水などに広く使われる。「リン酸塩が腎臓を壊す」という言説の背景には、腎機能障害患者においてリン摂取量と心血管イベントや死亡リスクの間に相関が報告された研究がある [3]。

問題は、この知見を健常な乳幼児に直接適用することだ。食品由来のリン酸塩(有機リン)と食品添加物由来のリン酸塩(無機リン)では腸管吸収率が異なり、成人慢性腎不全患者を対象とした研究の結論を、腎機能が正常な乳児に外挿することには根拠がない [3]。

JECFA: FAOとWHOが合同で設置した食品添加物専門家委員会で、添加物の安全性を評価してADIを設定するは、リンが必須栄養素であることからリン酸塩にはADIを設けず、食品にもともと含まれるリンと添加物由来のリンを合わせた「最大耐容一日摂取量」を、リンとして70 mg/kg体重/日とした [4]。さらにEFSAは2019年の再評価で、より厳しいグループADI: 生涯毎日摂取し続けても健康への悪影響が生じないと判断される一日あたりの最大摂取量をリンとして40 mg/kg体重/日(これも全食品由来のリンの合計)と定め、乳児・幼児・小児では平均的な摂取量でもこれを超えうると推計している [5]。この数字は添加物だけでなく牛乳・肉・穀類に含まれるリンも数えたもので、EFSAは子どもに健康被害が出ているとは結論していない。ただ「リン酸塩の摂取量は上限にはほど遠い」と言い切れるわけでもない。釣り合いのとれた対応は、特定の添加物を目の敵にすることではなく、加工食品や清涼飲料水が小さな子の食事の大きな割合を占めないようにすることだ。


安息香酸ナトリウム+ビタミンC=ベンゼン — 規模感の話

「ジュースに添加された安息香酸ナトリウム(保存料)とビタミンCが反応してベンゼンが生成する」という指摘は、化学的に正確だ。安息香酸イオンがアスコルビン酸の存在下で酸化的条件を経てベンゼンを生成しうることは実験的に確認されている。問題は「どれくらいの量か」だ。

米国FDA は2005〜2007年にかけて約200品目の飲料を調査し、10品目でEPAの飲料水基準(5 ppb)を超えるベンゼンを検出した [6]。安息香酸塩とアスコルビン酸を含む飲料では高温や光への暴露がベンゼン生成を促し、該当製品はメーカーが処方を変更して、再検査では1.5 ppb 未満になった [6]。大半の製品では検出量は5 ppb 未満であり、FDAは「これまでに飲料で見つかったベンゼン濃度は消費者にとって安全上の懸念とはならない」と結論した [6]。

乳幼児が日常的に大量の清涼飲料水を摂取すること自体が別の観点から推奨されないが、親が「保存料+ビタミンCが入った飲料は即有害」と恐怖するほどのリスクは示されていない。


防かび剤(OPP・TBZ・イマザリル)— 輸入柑橘類の表示を読む

輸入柑橘類の皮に使用されるオルトフェニルフェノール(OPP)、チアベンダゾール(TBZ)、イマザリルは、かびの防止を目的とした食品添加物として日本でも認可されている。これらは「農薬」ではなく「食品添加物」として管理されており、使用された場合には表示義務がある。

EFSAをはじめとする機関が設定したADIの範囲内で管理されているが(EUでは農薬有効成分としての評価の中でADIが定められている [7–9])、乳幼児に輸入柑橘類の皮ごと食べさせる機会は少ない。主な暴露経路は皮であるため、果肉を食べる際の暴露量は大幅に低下する。防かび剤が表示されている果実の皮を使う場合(マーマレード製造など)は、まずよく洗浄することが一般的な対策として推奨される。「表示がある=危険」ではなく「表示がある=管理されている」という読み方が正確だ。


行動レベルへの落とし込み

都市伝説の特徴は、本物の研究を起点としながら、対象集団・用量・絶対リスクという文脈を取り除いて流通することにある。以下の問いを持つことで、情報の解像度は上がる。

  • その研究の対象は乳幼児か、成人慢性患者か
  • 報告されているのは相対リスクか、絶対リスクか
  • 日常的な摂取量と研究で用いられた用量はどれくらい異なるか

乳幼児の食事は多様性と適量が基本であり、特定の添加物を名指しして「絶対に排除」という方針は、食事の多様性を損なうコストと引き換えに得られるリスク低減が極めて限定的になりやすい。


まとめ

IARC の分類は証拠の確実性を示すものであり、日常的なリスクの大きさと混同されやすい。リン酸塩の腎機能への影響研究は慢性腎不全患者を対象としており、健常な乳幼児への外挿には根拠がない。ベンゼン生成は化学的に起きうるが、現実の飲料中の濃度は大半の製品で規制値を下回る。リスクを正確に読むには、物質名ではなく「誰に」「どれだけ」という文脈が不可欠だ。


References

  1. Bouvard V, Loomis D, Guyton KZ, et al; International Agency for Research on Cancer Monograph Working Group. Carcinogenicity of consumption of red and processed meat. Lancet Oncol. 2015;16(16):1599–1600. doi:10.1016/S1470-2045(15)00444-1. PMID: 26514947.
  2. International Agency for Research on Cancer. Red Meat and Processed Meat. IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans, Vol. 114. Lyon: IARC; 2018. PMID: 29949327. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK507971/
  3. Uribarri J, Calvo MS. Dietary Phosphorus Excess: A Risk Factor in Chronic Bone, Kidney, and Cardiovascular Disease? Adv Nutr. 2013;4(5):542–544. doi:10.3945/an.113.004234. PMC3771143. PMID: 24038251.
  4. Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives (JECFA). Phosphoric acid and phosphate salts. In: Toxicological evaluation of certain food additives (26th meeting). WHO Food Additives Series 17. Geneva: WHO; 1982. https://www.inchem.org/documents/jecfa/jecmono/v17je22.htm
  5. EFSA Panel on Food Additives and Flavourings (FAF), Younes M, Aquilina G, et al. Re-evaluation of phosphoric acid–phosphates – di-, tri- and polyphosphates (E 338–341, E 343, E 450–452) as food additives and the safety of proposed extension of use. EFSA Journal. 2019;17(6):e05674. doi:10.2903/j.efsa.2019.5674. PMID: 32626329. PMC7009158.
  6. US Food and Drug Administration. Questions and Answers on the Occurrence of Benzene in Soft Drinks and Other Beverages. FDA; 2007(2022年更新). https://www.fda.gov/food/environmental-contaminants-food/questions-and-answers-occurrence-benzene-soft-drinks-and-other-beverages
  7. European Food Safety Authority. Conclusion on pesticide peer review regarding the risk assessment of the active substance 2-phenylphenol. EFSA Journal. 2009;7(3):217r. doi:10.2903/j.efsa.2009.217r.
  8. European Food Safety Authority. Conclusion on the peer review of the pesticide risk assessment of the active substance imazalil. EFSA Journal. 2010;8(3):1526. doi:10.2903/j.efsa.2010.1526.
  9. European Food Safety Authority. Conclusion on the peer review of the pesticide risk assessment of the active substance thiabendazole. EFSA Journal. 2014;12(11):3880. doi:10.2903/j.efsa.2014.3880.

めもりアプリでは

めもりアプリでは、食べる・飲むの積み重ねが、あとから読み返せる形で残るようにしています。

  • 授乳・搾乳・ミルクはタイマーで。左右や量も一緒に残せます
  • 離乳食は食べた食材が一覧になるので、はじめての食材がひと目で分かります
  • 身長・体重・頭囲は、日本の最新の基準値(2023年)の曲線に重ねて表示されます
めもりを使ってみる
← 前の記事市販ベビーフードの読み方 — 食塩、糖類、月齢表示、重金属次の記事 →オーガニック・無添加・自然派の科学

関連記事

  • リスク評価の読み方 — パラケルスス、ADI、NOAEL、安全係数 100
  • チャイルドシート — 規格、後ろ向き使用、中古品の判断軸
  • 砂糖と人工甘味料 — 乳幼児の場合