リード
生後数ヶ月の乳児が「ゼーゼー・ヒューヒュー」と息をしている。初めて聞く保護者にとって、この音はひどく不安をかき立てる。これが細気管支炎の典型的なサインだ。米国では細気管支炎による入院が年間約10万件にのぼり、生後12ヶ月までの乳児の入院原因として最も多い [1]。乳児期の重要な呼吸器疾患の一つだ。しかしこの疾患には「してはいけない医療」というユニークな整理がある。標準的な治療法を理解することで、在宅での観察と受診判断がより正確になる。
細気管支炎とは
細気管支炎は、主に2歳未満の乳幼児における下気道(細気管支)の炎症疾患だ。炎症によって粘膜が腫れ、分泌物が増加し、狭い気管支が閉塞しやすくなる。この状態が「ゼーゼー」という喘鳴と呼吸困難を引き起こす。
原因ウイルスで最も多いのはRSV(呼吸器合胞体ウイルス)で [2]、AAPガイドラインが引く研究では患者の76%からRSVが検出された。ただしライノウイルス、ヒトメタニューモウイルス: RSVと同じニューモウイルス科(旧分類ではパラミクソウイルス科)に属し、乳幼児の下気道炎の主要原因ウイルスのひとつ(hMPV)、パラインフルエンザウイルスなど複数のウイルスが原因になり、重複感染も珍しくない [1]。流行は秋〜冬にかけてRSVと連動する。
細気管支炎は喘息ではない。喘息は気管支の過敏性に基づく慢性疾患で繰り返すのに対し、細気管支炎はウイルス感染に続発する急性疾患だ。ただし細気管支炎を経験した乳児はその後ゼーゼーを繰り返しやすいことが知られ [2]、スウェーデンの前向き研究では、RSV細気管支炎で入院した子の13歳時点の喘息・反復性喘鳴は43%と、対照群の8%より多かった [5]。ただし因果関係はまだ明確でない。
症状の経過と重症度の見方
鼻水・軽い発熱・咳といった上気道症状(かぜ症状)から始まり、数日のうちに喘鳴や呼吸の苦しさが目立ってくる。重症化のサインとして入院適応の参考になるのは以下の観察だ。
- SpO₂(酸素飽和度)の持続的な低下:AAPはSpO₂が90%を超えていれば酸素投与をしない選択を認めており [1]、2025年の豪州・NZガイドラインは生後6週以上で「持続して90%未満」、生後6週未満や基礎疾患のある子で「持続して92%未満」を酸素投与の目安にしている [6]。数値は一時的に揺れるもので、表示を3ポイント高く見せただけで救急外来からの入院が41%から25%に減ったランダム化試験もある [3]。数字だけで決めないことが大事だ
- 多呼吸:呼吸数が60〜70回/分を超えると哺乳が難しくなりやすい [1]
- 陥没呼吸:首の下・肋間・鎖骨上部がへこみながら息をしている
- 哺乳困難:平常時の半分未満しか飲めない状態は水分不足の目安とされる [6]
チアノーゼ(口唇・爪が青紫になる)は緊急度の高いサインだ。
AAPガイドラインが定める「しない医療」
2014年に米国小児科学会(AAP)が発表した細気管支炎診療ガイドラインは、「何をするべきか」ではなく「何をしてはいけないか」を中心に整理したことで注目された [1]。2026年9月時点で AAP はこれに代わる細気管支炎の診療ガイドラインを出しておらず、2014年版が最新だ。2025年には豪州・ニュージーランドのガイドラインが改訂され、同じ「しない医療」の方向を保ちつつ、一部をさらに踏み込んで整理している [6]。
以下の介入は、入院・外来を問わず、細気管支炎に常規には推奨されない。
- 抗菌薬(抗生剤): 原因はウイルスであり、細菌感染の合併が確認されるか強く疑われる場合を除いて投与は推奨されない [1]
- 気管支拡張薬: 気管支の平滑筋を弛緩させ気道を広げる薬。β₂刺激薬が代表的(β₂刺激薬など): AAPはサルブタモール(アルブテロール)もエピネフリンも投与しないよう推奨している [1]。エピネフリンのコクランレビューでは、外来で投与直後の短期的な改善はみられたものの、入院児では効果が確認されなかった [4]
- 全身性ステロイド: どの場面でも投与しないよう推奨されている [1]。エピネフリンとの併用については有望な結果を示した試験もあるが確証はなく [4]、2025年の豪州・NZガイドラインも集中治療を要する重症例に限って検討の余地を残すにとどめている [6]
- 高張食塩水の吸入(ネブライザー): AAPは救急外来では使わず、入院児に限って使ってもよい(弱い推奨)としている [1]。2025年の豪州・NZガイドラインは入院児でも臨床研究以外では常規に使わないとした [6]
これは、過去に広く行われていた治療が効果を証明できなかったという、エビデンスに基づく見直しの結果だ。
実際の支持療法
中心になるのは、呼吸と水分を支えながら自然な回復を待つ対応だ [2]。
- 鼻吸引: 鼻の入り口の分泌物を吸うと一時的に鼻づまりが和らぎ、哺乳と呼吸が楽になることがある。一方、奥まで吸う「深い吸引」を常規に行う利点は示されていない [1][6]
- 水分補給: 少量ずつ回数を増やして授乳を続ける。飲む量が平常の半分を切るようなら受診する
- 体位: 起きている間は縦抱きなどで上体を起こすと楽そうに見えることがある。ただし眠らせるときは、傾斜をつけない平らな寝床に仰向けが原則だ [7]
入院の場合は必要に応じて酸素投与が行われ、口から十分に飲めなければ経管栄養・点滴が追加される [1]。呼吸困難が強い場合は鼻カニュラによる高流量酸素療法が用いられることもある。
行動レベルへの落とし込み
- 「ゼーゼー+哺乳困難+多呼吸」が重なったら受診する
- 受診時に「細気管支炎に抗菌薬は使わないんですね」と理解していると、処方内容への疑問を適切に持てる
- 症状開始日と哺乳量の変化を記録しておくと、入院の必要性を判断する情報になる
- 自宅では加湿が有効と思われることがあるが、細気管支炎そのものへの有効性のエビデンスは限られている
まとめ
細気管支炎の大多数は自然に回復する [2]。支持療法が中心で、抗菌薬・気管支拡張薬・全身性ステロイドは常規には推奨されない。「何もしない」ように見える管理が、実はエビデンスに基づいた選択だ。入院が必要かどうかの判断は、喘鳴の音より呼吸数・SpO₂・哺乳量の変化で行う。
References
- Ralston SL, Lieberthal AS, Meissner HC, et al.; American Academy of Pediatrics. Clinical practice guideline: the diagnosis, management, and prevention of bronchiolitis. Pediatrics. 2014;134(5):e1474–e1502. doi:10.1542/peds.2014-2742. PMID: 25349312.
- Smyth RL, Openshaw PJ. Bronchiolitis. Lancet. 2006;368(9532):312–322. doi:10.1016/S0140-6736(06)69077-6. PMID: 16860701.
- Schuh S, Freedman S, Coates A, et al. Effect of oximetry on hospitalization in bronchiolitis: a randomized clinical trial. JAMA. 2014;312(7):712–718. doi:10.1001/jama.2014.8637. PMID: 25138332.
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- Sigurs N, Gustafsson PM, Bjarnason R, et al. Severe respiratory syncytial virus bronchiolitis in infancy and asthma and allergy at age 13. Am J Respir Crit Care Med. 2005;171(2):137–141. doi:10.1164/rccm.200406-730OC. PMID: 15516534.
- Borland ML, Loveys K, Babl FE, et al.; PREDICT Network. Australasian Bronchiolitis Guideline: 2025 Update. J Paediatr Child Health. 2025;61(8):1197–1215. doi:10.1111/jpc.70144. PMID: 40685806.
- Moon RY, Carlin RF, Hand I; Task Force on Sudden Infant Death Syndrome and Committee on Fetus and Newborn. Sleep-Related Infant Deaths: Updated 2022 Recommendations for Reducing Infant Deaths in the Sleep Environment. Pediatrics. 2022;150(1):e2022057990. doi:10.1542/peds.2022-057990. PMID: 35726558.