リード
「吐いているから何か飲ませないと」——その直感は正しい。しかし「とりあえずスポーツドリンク」は、組成の観点から脱水補正に適していない場合がある。
嘔吐・下痢による脱水には、水分だけでなくナトリウムと糖の比率が重要だ。この比率が腸管からの吸収速度を決めており、スポーツドリンクと経口補水液(ORS)は目的が根本的に異なる製品として設計されている。
前提:なぜ「ただの水」や「スポーツドリンク」では不十分か
腸管からの水分吸収は、ナトリウムイオン(Na⁺)とグルコースの共輸送体: 2種類の物質を同時に細胞内へ運ぶタンパク質(SGLT-1: 腸管のナトリウム・グルコース共輸送体。Naとグルコースが一定比率で存在するとき水分吸収が最大化される)を介して能動的に行われる。Na⁺とグルコースが適切な比率で存在するとき、吸収速度が最大化される。水だけ、あるいは糖分が過剰でNaが少ない飲み物では、この仕組みが効率よく働かない [1,2]。
WHOが 2002 年に改訂した低浸透圧 ORS(reduced osmolarity ORS)の推奨組成はこれを基に設計されている [1]。
| 成分 | WHO推奨 ORS (2002) |
|---|---|
| Na | 75 mEq/L |
| K | 20 mEq/L |
| グルコース | 75 mmol/L |
| 浸透圧 | 245 mOsm/L |
本論
市販品の比較——組成の違いが分かると選択の根拠が見える
日本で入手できる主な製品の組成を比較する。
| 製品 | Na (mEq/L) | 糖 (g/100mL) | 浸透圧 (mOsm/L) | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| OS-1(大塚製薬) | 50 | 1.8 | 270 | 医療用に近い設計 |
| アクアライト ORS | 35 | 2.5 | 200 | 乳幼児向け低浸透圧 |
| ポカリスエット | 21 | 6.7 | 326 | 糖多・Na少 |
| アクエリアス | 18 | 4.7 | 295 | 同上 |
ポカリスエット・アクエリアスはいずれも「発汗による水分・電解質の補充」を目的として設計されており、スポーツや高温環境での使用に適している。しかし下痢・嘔吐による脱水に対しては、Na濃度が低すぎ、糖濃度が高すぎるという問題がある [6,7]。
スポーツドリンクの浸透圧は約 295〜326 mOsm/L であり、血漿浸透圧(約 285 mOsm/L)を若干上回る程度にすぎない。しかし急性胃腸炎で腸管粘膜のバリア機能が低下している状況では、腸管内に吸収されにくい糖(フルクトース過剰・ソルビトール含有飲料で特に問題になる)が溜まることで浸透圧性下痢が増悪しうる [8]。健常時の発汗補充とは腸管への負荷が根本的に異なることを念頭に置く必要がある。
ESPGHAN/ESPID(欧州小児消化器・肝臓・栄養学会 / 欧州小児感染症学会)のガイドラインでは、5歳未満の急性胃腸炎に対して低浸透圧ORSを第一選択として推奨している [3]。Freedman ら(2016)の RCT では、中等症脱水の小児において希釈リンゴジュースが電解質維持液に対して劣っていないことも示されたが [4]、重症脱水には依然として医療用ORSが優先される。
使い方——「少量・頻回」が基本
嘔吐直後に多量に飲ませると再度嘔吐することが多い。基本は「少量・頻回」だ。5 mL/分程度(スプーン1杯程度)から始め、嘔吐しなければ徐々に量を増やす。経口補水療法の成功率は軽〜中等症脱水の 90% 以上と報告されている [3]。
日本小児救急医学会のガイドラインでも、中等症以下の脱水には入院点滴より積極的な経口補水療法を優先することが推奨されている [5]。
家庭製ORS——WHOレシピの意義とリスク
WHOの簡易 ORS レシピ(水 1 リットル + 砂糖 6 g + 塩 0.5 g)は、市販品が入手困難な地域向けに設計されたものだ。計量ミスで高Na(高張)液になると、特に乳幼児では危険な高ナトリウム血症: 血中のNa濃度が異常に高い状態。脳細胞が障害され痙攣や意識障害を起こしうるを引き起こすリスクがある。市販の ORS が入手できる状況では、家庭製は推奨しない。
重症脱水のサインは「受診」の合図
経口補水が適応外になるサインがある。以下のいずれかがある場合は、経口補水を試みずに受診が必要だ。
- 意識の変容、ぐったりしている
- 6〜8時間以上、尿が出ていない(または泣いても涙が出ない)
- 眼球が落ちくぼんでいる、皮膚をつまんでもすぐ戻らない(皮膚ツルゴール: 皮膚の弾力・張り。脱水が進むとつまんで離した後の戻りが遅くなるの低下)
行動レベルへの落とし込み
1. 薬箱に OS-1 か ORS 製品を 1 本常備しておく。 発症直後から使えることが重要で、症状が出てから買いに行く余力がないことも多い。
2. 「少量・頻回」から始める。 スプーン 1 杯〜小さじ 1 杯を 5 分おきに繰り返す。嘔吐がおさまれば量を増やす。
3. 重症脱水サイン(長時間の無尿・ぐったり・眼球陥没)があれば受診。 経口補水が間に合わない状況は、点滴による補液が必要だ。
嘔吐・下痢の発症日時、飲んだ量、尿の出た時刻を簡単に記録しておくと、受診時の医師の評価(脱水の程度の判断)に役立つ。特に乳幼児では「6時間の無尿」という目安が伝えやすくなる。
まとめ
スポーツドリンクは発汗補充の飲み物であり、脱水補正の飲み物ではない。経口補水液のNa濃度と浸透圧の設計には、腸管吸収の生理的な仕組みが反映されている。
「何を飲ませるか」の根拠を知っておくだけで、夜間の嘔吐・下痢に直面した時の判断が速くなる。
References
- World Health Organization. Oral Rehydration Salts: Production of the new ORS. WHO/FCH/CAH/06.1; 2006. https://www.who.int/publications/i/item/WHO-FCH-CAH-06.1
- Atia AN, Buchman AL. Oral rehydration solutions in non-cholera diarrhea: a review. Am J Gastroenterol. 2009;104(10):2596–2604. PMID: 19623168.
- Guarino A, Ashkenazi S, Gendrel D, et al; European Society for Pediatric Gastroenterology, Hepatology, and Nutrition; European Society for Pediatric Infectious Diseases. Evidence-based guidelines for the management of acute gastroenteritis in children in Europe. J Pediatr Gastroenterol Nutr. 2014;59(1):132–152. PMID: 24739189.
- Freedman SB, Willan AR, Boutis K, Schuh S. Effect of dilute apple juice and preferred fluids vs electrolyte maintenance solution on treatment failure among children with mild gastroenteritis: a randomized clinical trial. JAMA. 2016;315(18):1966–1974. PMID: 27187377.
- 日本小児救急医学会. 小児急性胃腸炎診療ガイドライン. 日本小児救急医学会; 2017.
- Schneider MB, Benjamin HJ; American Academy of Pediatrics Committee on Nutrition; Council on Sports Medicine and Fitness. Sports drinks and energy drinks for children and adolescents: are they appropriate? Pediatrics. 2011;127(6):1182–1189. PMID: 21624882.
- Colletti RB, Lembo AJ. Rehydration and refeeding after diarrheal illness: say no to sports drinks and BRAT. Curr Gastroenterol Rep. 2011;13(4):311–312. PMID: 21291142.
- Hyams JS, Etienne NL, Leichtner AM, Theuer RC. Carbohydrate malabsorption following fruit juice ingestion in young children. Pediatrics. 1988;82(1):64–68. PMID: 3380601.