繰り返す腹痛を「気のせい」と言わないために — 学童期の機能性腹痛・IBS・便秘

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対象
検査して異常なし、と言われた経験がある、または「また腹が痛い」と訴える学童の保護者
文字数目安
2,300字
ステータス
ドラフト v1

リード

月曜の朝、「おなかが痛い」と子が言う。先週も同じ曜日、同じ訴えがあった。病院で検査しても「異常なし」と言われる。それを何度か繰り返すうち、親は「ストレスかな」「学校が嫌なだけかな」という解釈に収束させていく。

しかし、学童期の繰り返す腹痛のうち、検査で異常が見つからないものの多くは「気のせい」ではなく、(FGID: Functional Gastrointestinal Disorders) という診断カテゴリに収まる実体のある病態だ [1]。子どもの腸管は過敏化するし、腸の動きの乱れは計測困難なだけで無いわけではない。

この記事では、Rome IV基準という国際診断枠組みを軸に、機能性腹痛・過敏性腸症候群(IBS)・機能性便秘を整理し、「いつ受診すべきか」「何を記録すべきか」を伝える。


前提・現状の整理

機能性消化管障害の診断基準として現在国際的に使われるのが Rome IV基準(2016年改訂)だ。2016年に発表されたこの分類では、小児の機能性消化管障害が年齢帯ごとに整理され、機能性腹痛・IBS・機能性ディスペプシア・機能性便秘などが別の定義を持つ障害として記述されている [1]。

有病率に関しては、Caplanらの集団調査で学童期の機能性腹痛は約10〜15%に見られると報告されており [3]、SapsらのコミュニティーサーベイではIBSが学童・思春期で約8〜11%と推計されている [7]。つまり、1クラスに2〜3人はいる計算になる。

「器質的疾患がない = 問題ない」ではない。Varniらの研究では、機能性腹痛や小児IBSを持つ子の健康関連QOLは、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎・クローン病)の子と比較しても遜色なく低下することが示されており [2]、「精神的なもの」として放置することの問題が実証されている。


本論

Rome IV が整理した3つの病態

機能性腹痛 は、慢性的な腹部不快感・疼痛が月に4日以上あり、便通の変化や食事との直接的な関連が乏しい状態を指す。Rome IVでは以前の「RAP(反復性腹痛)」という言葉を廃し、腸管の具体的な症状分類に整理し直した [1]。

小児IBS は、腹痛が排便によって改善または増悪する、あるいは排便頻度や便の形状の変化を伴うものに限定される。下痢型・便秘型・混合型に分かれる [1]。月曜の朝の腹痛が排便後に軽減するなら、IBSの可能性を念頭に置く価値がある。

機能性便秘 は、排便回数の少なさだけでなく、「努力を要する排便」「硬い兎糞状の便」「残便感」「直腸の糞便塊」などの基準をRome IVは示している [1]。週2回未満の排便が2ヶ月以上続く場合が診断の目安のひとつとなるが、排便回数が正常でも努力排便が顕著な場合も含まれる。

学童期の便秘には特有のサイクルがある。学校のトイレを使いたくない(恥ずかしい・汚い・時間がない)という回避行動が便を我慢させ、直腸拡張→感覚鈍化→さらに便を我慢しやすくなる、という悪循環が形成される。この「学校トイレ問題」は欧米と東アジアで共通して報告されており、環境的介入(学校側の排便環境の整備)が有効なアプローチのひとつとされている [6]。

器質的疾患を見分ける「Red Flags」

機能性と判断する前に、器質的疾患を除外するための危険信号(Red Flags)がある。以下のひとつでもあれば、「機能性」と決めつける前に専門科の評価が必要だ。

Hyamsらの Rome IV ガイドラインに付随するコンセンサスでも、これらの Red Flags の存在が機能性と器質性の初期分岐点として強調されている [1]。

治療と対処の選択肢

機能性腹痛・IBSに対して、エビデンスが蓄積されている非薬物療法は認知行動療法(CBT)低 FODMAP 食だ。ただし低 FODMAP 食の小児への適用はまだ研究途上で、長期的な栄養バランスへの影響も含め専門栄養士の関与が望ましい。

機能性便秘に対しては、(PEG: ポリエチレングリコール) の有効性が複数の RCT と ESPGHAN/NASPGHAN(欧米小児消化器学会)の診療ガイドラインで支持されている [6]。これは腸内細菌に作用せず、依存性もなく、長期使用可能な製剤として世界的に標準治療の位置を占める。日本では「モビコール」として処方されている。

心理社会的因子の関与が大きい場合でも、「ストレスが原因だから消化器の治療は不要」という論理は成立しない。(gut-brain axis)の観点からは、心理的ストレスが腸管の感覚過敏と運動異常を誘発することが神経科学的に示されており [1]、腸管側への介入と心理側への介入は並行して行われる。


行動レベルへの落とし込み

受診前にできることとして、腹痛日誌の記録がある。以下の項目を1〜2週間メモするだけで、Rome IV基準の月4日以上という条件を家庭側で確認できるし、受診時の情報として医師の診断精度を上げる。

「学校のトイレを使いたくないから我慢する」子には、決まった時間に座る習慣(scheduled toileting) を提案できる。朝食後15〜20分が腸の蠕動が最も活発な時間帯であり、このタイミングで意識的にトイレに座ることで排便反射を促す方法だ。

Red Flags(前述)のいずれかが見られる場合は、機能性と判断する前に受診する。「どうせストレスと言われるから」という先読みで受診を後回しにしないことが重要で、特に右下腹部痛や体重減少は見落とすと重大な疾患の発見が遅れる。


まとめ

繰り返す腹痛を「気のせい」と呼ぶのを止めることは、子どもに対する誠実さでもある。機能性消化管障害は、検査に映らないが確かに存在する腸管の機能異常だ。Rome IV という診断枠組みがあることで、医師も保護者も「何が起きているか」を共通の言葉で話し合える。排便の記録から始めること、Red Flags を知っておくこと——その2点だけでも、次の受診の質が変わる。


References

  1. Hyams JS, Di Lorenzo C, Saps M, Shulman RJ, Staiano A, van Tilburg M. Functional disorders: Children and adolescents. Gastroenterology. 2016;150(6):1456-1468. doi:10.1053/j.gastro.2016.02.015. PMID: 27144632.
  2. Varni JW, Lane MM, Burwinkle TM, et al. Health-related quality of life in pediatric patients with irritable bowel syndrome: a comparative analysis. J Dev Behav Pediatr. 2006;27(6):451-458. doi:10.1097/00004703-200612000-00001. PMID: 17220710.
  3. Caplan A, Walker L, Rasquin A. Validation of the pediatric Rome II criteria for functional gastrointestinal disorders using the questionnaire on pediatric gastrointestinal symptoms. J Pediatr Gastroenterol Nutr. 2005;41(3):305-316. doi:10.1097/01.mpg.0000172748.64103.b8. PMID: 16131985.
  4. Rasquin A, Di Lorenzo C, Forbes D, et al. Childhood functional gastrointestinal disorders: child/adolescent. Gastroenterology. 2006;130(5):1527-1537. doi:10.1053/j.gastro.2005.08.063. PMID: 16678566.
  5. Saps M, Adams P, Bonilla S, Nichols-Vinueza D. Parental report of abdominal pain and abdominal pain-related functional gastrointestinal disorders from a community survey. J Pediatr Gastroenterol Nutr. 2012;55(6):707-710. doi:10.1097/MPG.0b013e3182617870. PMID: 22614025.
  6. Tabbers MM, DiLorenzo C, Berger MY, et al. Evaluation and treatment of functional constipation in infants and children: evidence-based recommendations from ESPGHAN and NASPGHAN. J Pediatr Gastroenterol Nutr. 2014;58(2):258-274. doi:10.1097/MPG.0000000000000266. PMID: 24345831.
  7. 日本小児消化器病学会. 小児慢性機能性便秘症ガイドライン. 診断と治療社; 2013.