「できるクラス」「できないクラス」は子どもをどう変えるか — 習熟度別編成の縦断研究

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対象
習熟度別指導が行われている学校に通う子の保護者、中学進学後のクラス編成に関心を持つ保護者
文字数目安
2,000字
ステータス
ドラフト v1

リード

「習熟度別クラスに分けてほしい」という声がある。同時に「同じクラスで一緒に学ばせてほしい」という声もある。両方が誠実な親心から出ているのに、どちらが子どものためになるのかは直感では答えが出ない。

学校教育の研究者たちが数十年にわたって問い続けてきたのも、まさにこの問いだ。「できる子が伸びる」「できない子が置き去りになる」という両方の直感のどちらが正しいのか、それとも状況によって変わるのかを、大規模縦断データは何と言っているのか。

前提・現状の整理

「能力別クラス編成」には二つの概念がある。一つは欧米型の(tracking): 学年ごとに固定されたコースに生徒を振り分け、そのコースに沿ったカリキュラムが提供される仕組みだ。もう一つは日本で多く行われる習熟度別指導: 特定の教科(主に算数・数学)について単元ごとに流動的にグループを組み直す方式で、クラスそのものは固定されない。

文部科学省の調査(2022年)によれば、習熟度別指導は小学校の算数で約65%、中学校では70%超の学校で実施されている [4]。保護者にとっては身近な仕組みだが、その効果について根拠をもって語れる人は多くない。

欧米のトラッキング研究は日本の実情と完全に一致するわけではないが、「グループに分けることで何が起きるか」という基本的なメカニズムを理解するうえで参照価値が高い。

本論

Gamoran らが示した「強化仮説」

この分野に大きな影響を与えたのが、Gamoran & Mare(1989)による全米規模の縦断研究だ。高校2〜3年生を対象にした20,000名超のサンプルを分析した結果、上位トラックに置かれた生徒は成績の向上が確認されたが、下位トラックに置かれた生徒は格差が拡大する傾向が示された [1]。

これを研究者たちは「(reinforcement hypothesis)」と呼ぶ。トラッキングは既存の格差を補正するのではなく、もともとある差を強化する方向に働くという考え方だ。

さらに Gamoran(1992)は、格差が生じる主因は生徒の能力の違いそのものではなく、授業の質の違いだと指摘した [2]。上位グループには課題の複雑さが高い授業、教師の期待も高い。下位グループには反復的な穴埋め演習が多く、「追いつくこと」を目標にした単純な内容が続く。教師の関与の質が、グループ間の格差を拡げていく構造だ。

メタ分析が示す全体像

個別の研究にとどまらず、複数の研究を統合したメタ分析でも同様の傾向が確認されている。Terrin & Triventi(2023)は50件の研究を統合した分析を行い、トラッキングは全体の学力を引き上げず、格差を拡大する効果があることを示した [3]。特に下位グループへの影響は効果量にして g = −0.20〜−0.30程度の不利益が見られ、上位グループの利益はそれに比べて小さかった。

また、この分析は重要な点を指摘している。トラッキングの効果は制度の設計によって大きく変わる、という点だ。固定的なトラック制よりも流動的な再配置が可能な仕組みでは、下位グループへの悪影響が緩和される傾向があった。

Slavin(1990)の系統的レビューも同様の結論に達しており、能力別グループ編成の学力向上効果は限定的であり、特に指導の個別化が伴わない場合は効果がほぼないと報告している [6]。

日本の「習熟度別指導」との違い

前述のとおり、日本の習熟度別指導は欧米のトラッキングと制度設計が異なる。単元ごとに組み替え、固定されないことが原則だとされている。文部科学省も「固定的な能力別指導にならないよう留意する」という方針を示してきた。

しかし実際には、単元をまたいで同じグループが続いたり、「上クラス」「下クラス」という認識が子どもと保護者の間に生まれることは珍しくない。制度の設計と現場の運用の間にはギャップがある。

北欧(フィンランドやスウェーデン)ではトラッキングを廃止または大幅に遅らせる改革が行われてきたが、Pekkarinen ら(2009)のフィンランドのデータでは、追跡廃止が低学力層の認知能力に対して正の影響を与えた可能性が示されている [7]。制度設計が長期的な子どもの発達に影響することを示す事例だ。

行動レベルへの落とし込み

研究の示すことをふまえたうえで、保護者として持っておきたい視点を三つ挙げる。

まず、「何グループか」より「どんな授業が行われているか」を見ることが重要だ。子がどのグループに入るかより、そのグループで提供される課題の質と教師の期待の高さのほうが、学力の形成に影響する。参観日や懇談で、課題の内容や授業の進め方を具体的に確認したい。

次に、下位グループに置かれた場合も、家庭での期待水準を落とさないことだ。研究が示す格差拡大のメカニズムの一部は、グループラベルによって教師も子ども自身も自己期待を調整してしまうことにある。家庭での「できる」という文脈を維持することは、それを補完する働きをしうる。

最後に、グループの変更を遠慮なく相談する。習熟度別指導は本来、流動的であるべきものだ。「このグループが合っていないかもしれない」と感じたとき、学校に申し出ることは制度の趣旨に沿っている。

まとめ

習熟度別編成は「できる子を伸ばす」仕組みとして設計されているが、研究の蓄積は、それが同時に「差を広げる」仕組みとして機能するリスクを繰り返し示してきた。特に下位グループに置かれた場合の不利益は、授業の質の差というかたちで静かに積み重なる。

制度そのものを一保護者が変えることは難しいが、仕組みを知っていることで、子どもへの関わり方に選択肢が増える。


References

  1. Gamoran A, Mare RD. Secondary school tracking and educational inequality: compensation, reinforcement, or neutrality? Am J Sociol. 1989;94(5):1146–1183. doi:10.1086/229114
  2. Gamoran A. Is ability grouping equitable? Educ Leadersh. 1992;50(2):11–17.
  3. Terrin E, Triventi M. The effect of school tracking on student achievement and inequality: a meta-analysis. Rev Educ Res. 2023;93(2):236–274. doi:10.3102/00346543221100850
  4. 文部科学省. 令和3年度 公立小・中学校における教育課程の編成・実施状況調査. 2022. URL: https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/index.htm
  5. Oakes J. Keeping Track: How Schools Structure Inequality. 2nd ed. New Haven: Yale University Press; 2005.
  6. Slavin RE. Achievement effects of ability grouping in secondary schools: a best-evidence synthesis. Rev Educ Res. 1990;60(3):471–499. doi:10.3102/00346543060003471
  7. Pekkarinen T, Uusitalo R, Kerr S. School tracking and development of cognitive skills. J Labor Econ. 2009;27(3):461–485. doi:10.1086/598308