リード
「疲れやすい」「集中できない」「体育の授業の後は動けない」——月経が始まった小学校高学年の女の子にこうした変化が続いたとき、「成長期だから」「部活で疲れているだけ」と片付けてしまいやすい。
しかしこれらは、鉄欠乏の典型的なサインでもある。しかも、学校の貧血検診(ヘモグロビン測定)では引っかからないまま進行していることがある。「貧血ではない」と「鉄が足りている」は同じ話ではない。
鉄欠乏の3段階と「見えない欠乏」
鉄欠乏には段階がある。
最初の段階は「貯蔵鉄の枯渇」——血中のヘモグロビン: Hbと略す。赤血球に含まれて酸素を運ぶたんぱく質。基準値より低いと貧血と判定される(Hb)値はまだ正常で、血清フェリチン: 肝臓などに鉄を貯めるたんぱく質。血中フェリチン値は体内の鉄貯蔵量を反映し、貧血になる前の鉄欠乏を見つけるのに使う(体内の鉄貯蔵量の指標)だけが低下している状態だ。次の段階は「鉄欠乏性貧血前: Iron Deficiency Non-Anemic、IDNA。ヘモグロビンはまだ基準内だが鉄貯蔵が減り、疲労やパフォーマンス低下が現れうる段階(IDNA: Iron Deficiency Non-Anemic)」——Hb正常・フェリチン低値・血清鉄が低下してくる状態。そして最後が「鉄欠乏性貧血」——Hbが基準値を下回る。
学校の貧血検診で測るのはHbのみであることが多い。したがって最初の2段階は「検診で正常」と判定されながら進行していく。「倒れてから気づく」ではなく、「倒れる前の段階でじわじわと影響している」のが鉄欠乏の性格だ。
フェリチン値が15μg/L以下で治療対象とする考え方は広がっており [1,2]、疲労・パフォーマンス低下はフェリチン20〜30μg/L以下でも出うるという研究もある [5]。
本論
月経開始と鉄喪失の構造
月経は月平均0.5〜1.0 mg/日の追加鉄損失をもたらす [2]。日本の食事摂取基準2020では、月経ありの10〜11歳女児の推奨摂取量(RDA)は14.0 mg/日だ(月経なしの8.5 mg/日から大幅に引き上げられる)[9]。
実際の食事からどれだけ取れているか。食品からの鉄摂取量は推奨値に届いていないケースが多い。日本の栄養学科の女子学生約1,000人を対象にした研究(Asakura et al. 2009)では、約4人に1人が鉄欠乏(血清フェリチン12 ng/mL未満)だったが、鉄摂取量を含む食事の要因はいずれも鉄欠乏と有意に関連しておらず、食事の内容だけでは鉄欠乏かどうかを判断しにくいことが示されている [7]。「野菜を食べているから大丈夫」という判断が当てにならない理由の一つだ。
スポーツ少女の追加リスク
体育系の部活や習い事に取り組む女児には、食事以外の経路での鉄損失がある。
足底着地の繰り返しによる溶血(足底溶血)、発汗による微量損失、穀物に含まれるフィチン酸が鉄の吸収を阻害することなどが知られている [4,5]。
日本の女性大学アスリートを対象にした観察コホート研究(Nabeyama et al. 2023)では、貧血の人は一人もいなかった一方で、女性アスリートの47%がフェリチン30 ng/mL以下の低フェリチン状態(IDNAに相当)だったと報告されている [3]。大学生の数字だが、小学校高学年からスポーツを続けている女児にとっても、同様のリスク構造は存在しうる。
「貧血でない=問題ない」という認識は、この文脈では誤りだ。
鉄補給の食事設計と受診判断
鉄の食事摂取には吸収効率の差がある。動物性食品に含まれるヘム鉄: 肉や魚など動物性食品に多い、たんぱく質と結びついた形の鉄。腸からの吸収率が高く、植物性の非ヘム鉄よりも体に取り込まれやすい(赤身肉・レバー・あさり)は吸収率15〜35%で、植物性食品の非ヘム鉄(小松菜・ひじき・豆類)の2〜5%より大幅に高い。非ヘム鉄はビタミンCと一緒に摂ることで吸収率が向上する。
逆に吸収を妨げる因子もある。タンニン(緑茶・コーヒー)は食事中に摂ると鉄の吸収を低下させるため、食後30分以上空けることが望ましい。カルシウムも過剰摂取では鉄吸収を阻害しうる。
「何を食べるか」だけでなく「何と一緒に食べるか・何を避けるか」が鉄摂取の実効率を左右する。
受診の判断として:月経開始後の女児で「疲れやすい・集中できない・スポーツのパフォーマンスが落ちた」が続く場合、血液検査でHb(貧血)だけでなくフェリチン値も確認することをかかりつけ医に相談してみることが選択肢になる。フェリチンは保険診療で測定できる検査項目だ。
行動レベルへの落とし込み
- 月経開始後の女児で「なんとなく不調」が続くなら、フェリチンを調べる選択肢を知っておく: Hbだけでは見えない段階の鉄欠乏をキャッチするには、フェリチン値の確認が必要だ。かかりつけ医に「フェリチンも測れますか」と聞いてみることが入り口になる。
- 週3〜4回、鉄を含む食材を意識的に取り入れる: 赤身肉(牛もも・鶏レバー)、あさり、小松菜、豆腐。完璧な献立より「週のどこかで確実に入れる」設計が続きやすい。
- 食事中の緑茶を食後にずらす: 「お茶は食事中」という習慣があるなら、食後30分以上経ってから飲む選択肢を知っておくだけで、長期的な鉄吸収の差につながりうる。
まとめ
鉄欠乏は「倒れてから気づく」栄養素の問題ではなく、倒れる前の段階でじわじわと疲労・集中力・運動パフォーマンスに影響する。月経が始まった女児の「なんとなく不調」はそのサインかもしれない。貧血検診でHbが正常でも、フェリチンという数字を一度確認することが、見えていない欠乏を発見する入り口になることがある。
References
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- 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/syokuji_kijyun.html