リード
「うちの子はいじめていない」という言葉は、おそらく多くの場合に正確だ。加害者は少数で、被害者も少数だ。問題は、その間に広がる、より大きな層をどう見るかにある。
いじめの研究が積み上げてきたのは、「加害者と被害者の二人の関係」ではなく、クラスという集団がひとつのシステムとして機能するときの、役割の分布だ。加害者がいなければいじめは起きないが、それを維持させているのは笑いや視線や沈黙という、もっとひろい関与の総体だということが、長年の調査研究で繰り返し示されてきた [1,2]。
この記事では、フィンランドの発達心理学者 Christina Salmivalli が提唱した参加者役割理論を軸に、いじめの構造を整理する。処方箋は安易に書けない。ただ、構造を知ることで、問いの立て方が変わる。
いじめを集団現象として見る
Salmivalli の6役割
Salmivalli らが 1990 年代にフィンランドの小学生を対象に行った研究は、いじめを加害者・被害者の二者関係から切り離し、クラス全体の役割分担として記述した [2]。各生徒が「どのように振る舞うか」を同学年の仲間評価で分類し、六つの役割に整理した。
- 加害者(bully): 積極的に攻撃行動を主導する
- 助手(assistant): 主導しないが加害者に加担し、直接参加する
- 強化者(reinforcer): 攻撃行動を笑う、見守る、煽るなどして間接的に維持させる
- 傍観者(outsider): 何も関与しない
- 防衛者(defender): 被害者を助けようとする
- 被害者(victim): 繰り返し攻撃を受ける
この分類で注目すべきなのは比率だ。フィンランドの調査では、被害者は11〜12%程度だったのに対し、傍観者は20〜30%ともっとも大きな層を形成していた [1]。「加害者」は一握りに過ぎないが、「知っているのに動かない」人々が標準的な位置を占めている。
強化者と助手の機能
強化者は直接手を下さない。しかし笑い声を上げ、集まり、スマートフォンで撮影し、状況を盛り上げる。Hawkins らの自然観察研究では、いじめ場面で加害行動を「強化」する行動が、第三者に頻繁に観察された [3]。「ただ見ていた」ことが、加害行動の継続を支えるひとつの要因になりうる。
強化と助手の役割が機能するとき、いじめは「二人の問題」ではなくなる。クラスの観衆の前でのパフォーマンスとして構造化され、加害者はその注目によって行動を維持される。
防衛者の存在
六役割の中で、研究が特に着目してきたのが防衛者だ。「被害者の側に立とうとする」第三者の存在は、被害者のウェルビーイングを保護する効果があることが示されている [4]。Gini らの研究では、防衛者の行動を取るかどうかに、共感性や道徳的義務感が関連していた [4]。
防衛者になることは容易ではない。クラスの「空気」に抗うコストが伴い、自分が次のターゲットになるリスクも意識される。傍観に留まることは、多くの場合、恐れや判断の結果だ。「何もしない」ことを単純に責めない視点が、この構造を理解するうえでは重要になる。
KiVa プログラムが示したこと
Salmivalli の理論を直接の基盤にして設計されたのが、フィンランド発の学校全体介入プログラム KiVa(Kiusaamista Vastaan、「いじめに反対する」の意)だ。KiVa は加害者への対処だけでなく、傍観者層の変容に焦点を当てた。教育内容は「傍観者でいることが加害を支えている」という認識の変革と、防衛者としての具体的な行動の練習に置かれた。
Kärnä らが行った大規模 RCT: ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial)。参加者を無作為に介入群と対照群に割り付け、介入の効果を偏りなく検証する最も信頼性の高い実験デザイン では、小学4〜6年生を対象に KiVa 実施校と対照校を2年間比較した [5]。その結果、いじめ被害は実施校で対照校と比較して統計的に有意に低下し、効果量は被害率の35〜50%低減と報告されている [5]。傍観者の動員という、構造の変更が介入の鍵になりうることの証拠だ。
ただし、KiVa はフィンランドの公教育制度のなかで実施された大規模かつ組織的なプログラムであり、その効果をそのまま家庭レベルの関与に翻訳することはできない。「家庭でも同じことができる」とは言えないが、「傍観者層の変容が鍵」という構造の理解は、家庭での会話の土台になりうる。
家庭で観察できるサイン
いじめの被害は、身体症状として現れることがある。頭痛・腹痛・不眠と学校での被害経験の関連は、複数の疫学研究: 集団における疾患や健康状態の分布と決定要因を明らかにする医学研究分野で確認されている [6]。もっとも、これらは多くの原因から生じうる症状でもある。身体症状の存在は「いじめかもしれない」という可能性を開く情報のひとつであって、それ単独でいじめを意味するわけではない。
行動変化としては、登校渋り・口数の減少・持ち物の紛失・特定の曜日だけ不調になる、といったパターンが挙げられることが多い。これらも、学校での何らかの困難のサインである可能性を示すが、確定的な指標ではない。
「学校でどうだった?」という問いが機能しにくい理由は、閉じた質問が「いい」「ふつう」という一語で終わりやすいためだ。代わりに「今日、誰と昼ご飯食べた?」「休み時間は何してた?」のように、具体的な場面を問う開かれた問いが子どもの言語化を引き出しやすい。ただし、毎日問い詰めることが子どもを閉じさせる場合もある。日常的な雑談の延長として話せる関係が、特別な「聞き出す」行為よりも多くを拾えることは少なくない。
日々の何気ない記録——学校の話の断片、子どもの様子の変化——を日付と一緒に残しておくことは、後から「いつから変わったか」を振り返るとき、あるいは学校や専門家に相談するときの材料になる。記憶は印象に引き寄せられて歪む。記録はその補正になる。
家庭からできる関与の限界と学校との連携
いじめはクラスという集団のなかで起きる現象であるため、その構造に直接アクセスできるのは学校側だ。家庭がどれほど関与しようとしても、集団内のダイナミクスを変えることには限界がある。
学校への相談は、証拠を完全に揃えてから行う必要はない。「子どもから聞いた話で、様子が気になっている」という段階でも、担任や生徒指導担当に伝えることは適切な選択肢だ。学校が対応をどう進めるかは学校側の判断になるが、情報を持っているかどうかでその出発点は変わる。
日本では2023年度のいじめ認知件数が732,568件と過去最多を記録した [7]。数字が増えていることは、問題の増悪だけでなく、発見・報告の仕組みが変化していることも反映している。いじめの「認知」は学校が認識した件数であり、見えていない部分が大きいという前提は変わらない。
行動レベルへの落とし込み
構造を知ったうえで、家庭にできることをいくつか示す。命令ではなく、選択肢として。
- 傍観者の概念を日常会話に持ち込む: 何かを見ていたとき、黙っていたとき、それが場の空気を作ることを子どもと話せる機会は、いじめ場面に限らず多い。映画やニュースの話からでも始められる。
- 「誰の話でもしていいよ」という前提を置く: 自分の被害だけでなく、見ていた場面、気になっている場面についても話しやすい雰囲気を持っておく。
- 変化に気づいたら、まず聴く: サインに気づいたとき、解決策を提案するより先に「最近どう?」と入る。子どもが話したくないときは、その場では引く。
- 学校と話すことを躊躇しない: 「大げさかもしれない」という躊躇は自然だが、確証がなくても相談してよい。その判断は親のものだ。
まとめ
いじめを「加害者が悪い」という一行で終わらせることは、構造の大半を見えなくする。Salmivalli の参加者役割理論が示したのは、多数を占める傍観者層が場の維持に機能しているという事実だ。KiVa プログラムはその傍観者層に働きかけることで、集団全体のダイナミクスを変えることができることを RCT で証明した [5]。
家庭にできることは、構造全体を変えることではなく、子どもが「何かあったとき話せる場所がある」と感じていられるための基盤を持ち続けることだ。
いじめは複雑な現象だ。その複雑さを複雑なまま伝えることは、安易な「解決策」を提示するよりも、長く使える土台になる。
References
- Salmivalli C. Bullying and the peer group: a review. Aggression and Violent Behavior. 2010;15(2):112–120. doi:10.1016/j.avb.2009.08.007
- Salmivalli C, Lagerspetz K, Björkqvist K, Österman K, Kaukiainen A. Bullying as a group process: participant roles and their relations to social status within the group. Aggress Behav. 1996;22(1):1–15. doi:10.1002/(SICI)1098-2337(1996)22:1<1::AID-AB1>3.0.CO;2-T
- Hawkins DL, Pepler DJ, Craig WM. Naturalistic observations of peer interventions in bullying. Soc Dev. 2001;10(4):512–527. doi:10.1111/1467-9507.00178
- Gini G, Albiero P, Benelli B, Altoe G. Determinants of adolescents' active defending and passive bystanding behavior in bullying. J Adolesc. 2008;31(1):93–105. doi:10.1016/j.adolescence.2007.05.002. PMID: 17631944
- Kärnä A, Voeten M, Little TD, Poskiparta E, Kaljonen A, Salmivalli C. A large-scale evaluation of the KiVa antibullying program: grades 4-6. Child Dev. 2011;82(1):311–330. doi:10.1111/j.1467-8624.2010.01557.x. PMID: 21291445
- Craig W, Harel-Fisch Y, Fogel-Grinvald H, et al. A cross-national profile of bullying and victimization among adolescents in 40 countries. Int J Public Health. 2009;54(Suppl 2):216–224. doi:10.1007/s00038-009-5413-9. PMID: 19714328
- 文部科学省. 令和5年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について. 2024. https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/2024/